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【特集『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』】
ウンゲツィーファ 『Uber Boyz』本橋龍インタビュー

特集

2021.07.21


『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』特集

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「強い」「速い」「大きい」「合理的」という価値感から遠く離れて、
要注目の才能達は、弱さの肯定から世界を見つめる(徳永京子)

いいへんじ 中島梓織インタビュー
ウンゲツィーファ 本橋龍インタビュー
コトリ会議 山本正典インタビュー




ウンゲツィーファ「動く物」(2019)


「ポスト弱いい派を名乗ることにしました」。ウンゲツィーファのTwitterでそう発信したのは、7月6日。稽古も進んで数日、本番の半月前のことだった。
ウンゲツィーファを“弱いい派”と呼ぶことに首をかしげる人がいるかもしれない。野外、自宅、店内などで上演し、リアリティのある日常描写から精神世界に入りこむようなその作風を『青年(ヤング)童話』と、「劇作家「本橋龍」を中心とした人間関係からなる実体のない集まり」と自らを紹介する。ウンゲツィーファは本橋を軸にした団体かもしれないが、今回は、作・演出・出演に6名が並ぶ。彼らはなぜ“ポスト弱いい派”と名乗ったのか。本橋に話を聞くと、実体のない集まりのなかにある核が見えてくるようだ。


劇場外での上演は、今ある武器で最大限に面白いものを作りたいから

── この1~2年で大きな変化があったそうですね

本橋 やっぱりコロナですね。一昨年くらいまではわりとトントン拍子で評価をいただいて「俺、無敵じゃん」という感覚があったんですけど(笑)去年、それまでハイペースでやっていた活動がストップしてしまった時に、思ったより「やめないで」と言ってくださる方がいなかった。そこから急激に続けるテンションがさがって今に至ります。演劇をやめるつもりはないですが、ウンゲツィーファとして今までほどの頻度で上演することはないでしょうね。ただ、本質的には変わっていないので、ずっと観てくださっている方は「変わってないじゃん」と思うかもしれません。

── 大きな出来事でしたね。本橋さんが演劇を始めた10年前とはかなり状況が変わってきていますが、これまでどのように変化がありましたか?

本橋 高校の部活で演劇を始めた時は「スターになりたい」という感覚が強かったんです。有名人になってちやほやされたかった。でも何もできることがなくて。それでも演劇だけはなんだかんだ続けられていたので、じゃあ自分で劇団を作ってどんどんステップアップしていこうと、2012年に大学の仲間たちと「栗☆兎ズ」という団体を立ち上げました。

── 上演は劇場以外が多いですよね。空間への興味や意識が強いんですか?

本橋 そうですね。大学では教室で上演していたんですが、最初に学外で上演した時には、新宿眼科画廊・スペースOの小さな白い空間に、出演者の黒澤多生君の家の中身をほぼまるまる引っ越してきました。ちょうど僕が黒澤くんの家に入り浸っていたので「これだ!」と(笑)「この空間ならめちゃくちゃ面白いものができるぞ」というイメージが浮かんだ間に、やりたくなる。僕はコツコツ訓練をすることも苦手なので、今の状態でできる最善のことをやろうとすると、その場所の機構を活かす方が面白いと感じるんです。そこにある空間全部を武器として使うみたいな感覚があるんですよね。

── そこにある武器は空間だけに限らないですよね。観客や本橋さん自身をも、作品の要素にしている印象があります。

本橋 そうですね。とくに自分の部屋で公演した時は顕著でした。6畳の小さい和室に観客が入ることがそもそも異常なので、観客を部屋に散らかってる荷物の一部としてまたいだり、ちょっと肩に手をかけたりしました。そうした方が面白いなと思ったんです。
僕自身がどの公演でも目立つように出演するのも、出た方が面白いから。あと、主宰がまったく出てこないことに違和感もあります。個人的にはあまり出たくはないんですけど、そもそも企画したのは自分なので「僕はこういう人間です」と自己紹介して作品を始めるのは自然なことです。普段の人間関係でもそうですけど、引いていたらとっつきづらいから、できるだけすぐに股を全開にして「どーも!」とやりたいです。


ウンゲツィーファ「ラバーソールズ」(2021)


初の共同脚本体制「一人で戦っていてもNetflixに勝てない」

── 今回は劇場での公演ですね。どんな作品になりそうですか?

本橋 今までのウンゲツィーファの作り方とは全く違っていて、複数人で脚本を作ることにしました。数年前から一人で脚本・演出をやるのは効率が悪いと思っていたし、集団にも憧れていたので、団体を主宰している人を中心にメンバーを組んで話し合いながら作っています。とくに最近はNetflixの影響がすごく強くて一人で戦っていても絶対に勝てる気がしないという気持ちもあります。普通に演劇を続けていても変わらない。メイクマネーできなきゃ。とはいえこれまではなかなか実現が難しかったんですが、東京芸術劇場でやるというブランド力もあって誘いやすかったです(笑)。

── 実際やってみていかがですか、共同脚本は?

本橋 最初は、ハリウッドとかピクサーみたいな感じで効率よく壮大な作品が作れるのかなと思っていたんですけど、結局みんなの世界のぶつけ合いで収集がつかなくて……。でもそのうち、収拾がつかない状態が一つの世界に思えてきて、そのまま提示することにしました。結果、めちゃくちゃすごいカオスな、ポップカルチャー達が集まって一つの概念に化したような形になっています。
役割もすこしずつハッキリしてきて、僕とゆうめいの池田(亮)くんがベースになるテキストを作り、中澤(陽)くんとコンプソンズの金子(鈴幸)くんがそれを崩し、盛夏火の(金内)健樹くんがピンポイントでアイデアをぶつけて脚本中にギミックを仕掛けてくれる感じです。でも作品としては、どこを誰が担当したかはほとんどわからないと思う。

── 内容は、Uber Eatsの話ですよね?

本橋 そうです。去年の夏、コロナ禍で演劇が動かなくなっていた時に、Uber Eatsで働いていて。「こういう時こそ演劇を止めちゃいけない。演劇公演ができないなら、僕自身が演劇になる」と、ガスマスクを装着してUber Eatsをやろうと、服飾関係の知り合いに頼んで風の谷のナウシカみたいなマスクを作ってもらおうとしたんですが、結局できなくなり、いつか作品にしたいなと思っていました。 
── コロナは本橋さんにとって大きな出来事だったと伺いましたが、今回の創作にあたってどんな影響がありますか?

本橋 みんなでずっと笑いながら作っているんですよね。毎日、高校の放課後みたい(笑)密に関わったのは初めての人もいるけど、ずっと昔から一緒にいたみたいです。ただ、集まって楽しいからというだけでなく、楽しく過ごさないといけないような感覚もあって。コロナで演劇ができなかったことを経て、時間を大切にしている感じはしています。「次はプレイハウスで『Uber Boyz II』をやろう」と盛り上がっています(笑)。


ウンゲツィーファ稽古場風景


弱さがあるから強さがあるなら、僕たちは“ポスト弱いい派”

── 今回の芸劇eyesは“弱いい派”のショーケースですが、“弱いい派”についてはどう思っていますか?

本橋 どういうものなのかあんまりよくわかってないんですが、気にする必要はないなと思っています。ただ、“弱いい派”と言われるきっかけになった『転職生』(2018年)という作品があって、それは、当時の僕のバイト先が舞台なんです。その会社には立場が弱いアルバイトや新入りがいて、また会社自体も中小企業で、ふだんは見えないけどそこにいる人たちもそれぞれいろいろ考えてるよね、という話でした。徳永さんから見て明らかに“弱いい派”だったんだろうなというのはしっくりきています。

── 本橋さんとしては“弱いい”にあたるものを描こうとしているわけではない、と。

本橋 そうですね。いつも自分の身の回りのことを題材にしていて、『転職生』も僕の経験がもとになっています。たとえば、バンドマンの社員に突然「おまえ汗臭せーんだよ。みんな頑張って働いてるのにやる気なくなる」と言われてめちゃくちゃショックで、帰りに薬局で5000円ぐらいかけて臭いを取るやつを買ったりとかして。でもある日、その人が俺のところに来て「俺、音楽やめるんだ。借金がひどくて、就職して彼女の家の近くに引っ越すんだ。お前には言っておきたかった」と。僕としては「この人嫌だな」って思っていたけど、 話してみるとその人なりの理由があって、職場って学校みたいだな、面白いなと思ったんですよ。そこで転校生ならぬ転職生の話にしました。
ただ、一人で書いていたら同じようなものになってしまうという危機感があったのも、今回、共同脚本にした理由のひとつですね。

── 共同脚本という形にした結果「ポスト弱いい派を名乗ることにしました」とSNSで発表されていましたが、どんな意識の変化があったんでしょうか?

本橋 そもそも“弱いい派”のショーケースであるなら『転職生』に近い作品をやるのが真っ当かもしれないですが、まったく関係ないことをやろうという意識がありました。けど、『Uber Boyz』の全体像が見えてきた時に「これは“強いい派”だな。むしろ一周回って“弱いい派”とも言える」と思ったんですよ。“弱いい派”があるからこそ“強いい派”があるとしたら、それは“ポスト弱いい派”だなというところに行きついています(笑)。


取材・文:河野桃子

弱いい派特集

芸劇eyesシリーズ待望の番外編・第三弾!  次世代の演劇界を牽引する若い才能を紹介する芸劇eyesシリーズ。番外編では、より若い世代の才能がショーケース形式で競演します。  2011年の第一弾「20年安泰。」、2013年の第二弾「God save the Queen」に続く、第三弾は「もしもし、こちら弱いい派」。  今後の活躍から目が離せない3団体のパフォーマンスを、東京芸術劇場で一度にご覧いただける機会を、ぜひお見逃しなく!