プレイバック2015年
マンスリー・プレイバック 特集
2016.01.1
藤原 あけましておめでとうございます。2016年がいよいよ始まりますけど、この「演劇最強論-ing」も7月にオープンしておよそ半年経ったということで、2015年を振り返ってみたいと思います。
徳永 まず、それぞれの2015年のベスト10を選びませんか……と言いつつ、私はどうしても絞りきれず12本ですが、おおよそ上演順に並べるとこうなります。
『マーキュリー・ファー Mercury Fur』
さいたまネクスト・シアター『リチャード二世』
ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』
劇団しようよ『あゆみ』
ロロ『ハンサムな大悟』
チーム夜営『タイトルはご自由に。』
『気づかいルーシー』
庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
ウーマンリブ『七年ぶりの恋人』
サンプル『離陸』
岡田利規『God Bless Baseball』
範宙遊泳『われらの血がしょうたい』
接戦ですが、ベスト1はぶっちぎりで、フィリップ・リドリー作、白井晃さん演出の『マーキュリー・ファー Mercury Fur』。上記以外には快快『再生』、ままごと『わが星』の未就学児観劇可の回、バットシェバ舞踊団『DECADANCE – デカダンス』、青年団+第12言語演劇スタジオ『新・冒険王』が強く心に残りました。ちなみに観劇の総本数は289本です。
【世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー』(2015年 シアタートラム) 撮影:細野晋司】
藤原 僕は泣く泣く絞った10本がこちらです。こちらもほぼ上演順に。
地点『三人姉妹』
ロロ『ハンサムな大悟』
青年団+第12言語演劇スタジオ『新・冒険王』
マームとジプシー『cocoon』憧れも、初戀も、爆撃も、死も。
アンジェリカ・リデル『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』
キラリふじみレパートリー『颱風奇譚』
岡田利規『God Bless Baseball』
中野成樹+フランケンズ『ロボットの未来・改(またはつながらない星と星)』
範宙遊泳『われらの血がしょうたい』
Theater ZOU-NO-HANA 2015
【岡田利規『God Bless Baseball』 (C)Kikuko Usuyama】
徳永 今挙がった作品を中心に、去年の日本の演劇界に見えた流れを読み解いてみましょうか。
▼海外への具体的な道
藤原 まず自分自身のことから振り返ってみると、TPAM(舞台芸術ミーティングin横浜)2015をきっかけに『演劇クエスト』が海外に招聘された、というのが大きかったです。夏には城崎国際アートセンターにも呼んでいただいて温泉街で滞在制作をしたり……。そんなわけであんまり関東にいられなかったので、話題作で見逃したものもたくさんあります。
例えば範宙遊泳・山本卓卓とBaobab・北尾亘がコンビを組んだドキュントメント『となり街の知らない踊り子』はその「見逃した話題作」の筆頭で、2月のTPAM2016で早くも再演されるそうなのですごく楽しみなんですけど。
徳永 実際、いい作品でした。北尾さんはダンサー兼振付家ですが、本格的に子役をやっていた時期もあって、俳優としてのスキルもある。山本さんと北尾さんは同じ大学出身で、以前から交流があったそうですが、お互いがお互いに刺激されて、それぞれの劇団公演とは違う戯曲や身体の使い方が生まれました。
【ドキュントメント『となり街の知らない踊り子』 Photo: Manaho Kaneko】
藤原 山本卓卓さんといえば範宙遊泳の『われらの血がしょうたい』も問題作でした。この後インド公演が控えてますけど、「海外で上演すること」が明らかに前提になっている作品でしたよね。2015年はそうやって若い作り手が海外に行く機会が飛躍的に増えたように感じる1年でした。作家だけじゃなくて、若い俳優たちの経験も積まれていくんじゃないかと。
徳永 飛躍的とまで言っていいか私にはわかりませんが、数は増えているように感じます。何より、行った先での活動が「呼ばれました、公演をやりました」だけでなくなっているのがいいですね。範宙遊泳だと、現地の演出家や俳優と共同制作することが続いているし、ままごとの柴幸男さんは去年の3月に北京で、1週間は演劇に興味のある大人にワークショップを開いてスイッチをつくり、1週間は高校生を対象にワークショップをして『あゆみ』をつくった。目的が“上演”ではなく“創作”というのが画期的だと思いました。創作すれば自ずと、浅からぬ交流が生まれますから。
【範宙遊泳『われらの血がしょうたい』 撮影:金子愛帆】
編集部(白) ひと昔前は、若手が海外に出る機会はまったくなかったと言っていいですよね。それが今や海外初演とかもある……。
徳永 夢の遊眠社や第三舞台はエジンバラ演劇祭に行っていますから、まったくなかったということはないですけど、自力で行くのが前提でした。
藤原 海外のプロデューサーやアーティストとの具体的な関係性が生まれてるんでしょうね。特にTPAMは、日本の若いアーティストや制作者が海外に出るための足がかりの場として機能するようになってきた。例えばの話、海外とのコネクションをつくってフェスティバルの招聘状を出してもらえると、渡航費助成をとりやすくなるという現実があります。海外に行きたい、という漠然とした夢ではなくて、現実的なルートが若い人たちにも見えてきたんじゃないでしょうか。
ちなみに国際交流基金のアジアセンターが2014年の春にできたのも大きいですね。これは東京オリンピックに向けて日本とアジア諸国の文化交流を促進する、という名目で生まれたもので、2020年までの期間限定であることには危惧も感じますけど、アジアのネットワークをつくっていこうという機運を経済的に支えているのは確かだと思います。
徳永 柴さんの北京でのワークショップも国際交流基金主催でしたが、同基金は地点もマームとジプシーも北京に送り込んで(笑)いて、劇団によってタスクを変えています。個々の個性や適性を公的な機関が慮ろうとしているのは歓迎すべきことではないでしょうか。
また近年、シンポジウムやトークイベントが非常に盛んになってきました。それによって情報の共有が進んで、U-streamやニコ生の活用で時差や地域差も少しずつ縮まっている。少なくとも公的資金で海外に行った人は、そこで得たものを広く、他のつくり手や観客に還元してほしいですね。
▼地域のアートと「外に出る」演劇
藤原 それから「外に出る」系の演劇が、以前よりだいぶ浸透してきたな~と感じます。柴幸男さんたちが横浜・象の鼻テラスでやってきたシアターゾウノハナも、「演劇とすれ違う」をテーマにして、通りすがりの人たちを相手に3年続けたのは大きかった。他にもハイネ・アヴダルと篠崎由紀子による『青山借景』、多摩1キロフェス、本牧アートプロジェクト、そしてブレーク中のスイッチ総研……。体験する観客にとってみても、劇場の外でやる演劇とか、いわゆる観客参加型の演劇への抵抗感が、かなり少なくなってきたんじゃないですかね? 多田淳之介さんの参加型の作品群が「こんなのは演劇じゃない」と言われていた時代がもはや懐かしい。累々と積み重ねられてきたものがあるからこそ、今に繋がっているようにも感じます。
【『“distant voices – carry on”~青山借景』 撮影:森日出夫】
徳永 バリエーションが増えましたよね。藤原さんがやっている演劇クエストのようにガイドブックを持って比較的自由に歩くもの、高山明さんの作品のようにラジオ波を使って指示を受けるもの、バスに乗って出かけていくもの……。お散歩型、回遊型、ツアー型など呼び方もさまざまですが、要因としては、地域のアートイベントが盛んになっていることが大きいでしょう。
藤原 地域のアートイベントにおけるアートの受容のされ方にはいくらかの危惧もありますが、いずれあらためて考察したいです。距離をどう詰めるか、あるいは距離をどう取るか……。
徳永 個人的には、SPACで上演された、西尾佳織さん、大東翼さん、鈴木一朗太さんによる『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』が心に残っています。静岡ののどかな住宅街で繰り広げられた“その土地で起きたらしいいくつかの出来事”を演じる俳優と、それを観て回る観客が、町の静けさや風景と完全に乖離していて、これは住民にとって「観客も含めて、東京から来た人達が演劇をやっている、という劇」だったのではないかと思ったんです。公演場所になった地域に住む人が、家の窓からゾロゾロ歩く集団を観て「どうやら演劇をやっているらしい」と思う、その時、観客として歩いている私も演じる側にいるのだなと。
▼広がる、若い観客へのアプローチ
【『わかったさんのクッキー』 撮影:前澤秀登】
徳永 2015年は児童演劇、ファミリー向け演劇の当たり年と言うか、「新・児童演劇元年」と言っていい気さえします。岡田利規さん(KAAT『わかったさんのクッキー』)、ノゾエ征爾さん(東京芸術劇場『気づかいルーシー』)、長塚圭史さん(新国立劇場『かがみのかなたはたなかのなかに』)の3人が公共劇場と児童演劇をつくり、いずれも非常に自由な作品だったのは、うれしい驚きでした。数年前から劇団コープスの『ひつじ』がシアターゴアーにも人気を博していた現象はありましたけど、先の3作もまた、子供も大人も楽しめる内容でしたよね。
高校生優待がどんどん広がっていますが、さらに早いうちから、こういういい作品で「演劇はおもしろい」と感じる子供達が増えるのを期待したいです。
【『気づかいルーシー』 撮影:阿部章仁】
藤原 岡崎藝術座も前から高校生無料を試みてましたよね。そしてロロが高校演劇のフォーマットにのっとった「いつ高」シリーズを始めたのも大きい。ままごとや柿喰う客が戯曲をウェブサイトで公開し始めたのも影響してると思うんですけど。
徳永 ままごとの先取性はやっぱりすごい。たくさんの赤ちゃんが客席にいた、『わが星』が未就学児観劇可の回は忘れられません。子供に付き合って劇場に来たお父さんやお母さんも演劇が好きになってくれたらいいですね。
▼ユーモアの復活
【ワワフラミンゴ『野ばら』女性バージョン 撮影:佐藤拓央】
徳永 まだ微かな動きですが、去年は久しぶりに「笑い」が復活してきた印象を持ちました。「笑い」と言うより「ユーモア」と言うほうが近いかな。
東日本大震災のあとも、特定秘密保護法や安保法案、パリのテロなど、深刻な問題は次々と起きていますが、それらと距離を取って笑うのではなくて、それらを内包しつつ「笑い」という選択肢も取れるようになったというか……。
ウーマンリブの宮藤官九郎さん、劇団☆新感線のいのうえひでのりさん、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、福原充則さんという手練が実力を存分に発揮した1年でしたし、ワワフラミンゴ、トリコロールケーキ、甘もの会など、豊かなユーモアをたたえた集団にいくつも出会えました。青年団の『新・冒険王』も、ソン・ギウンさんが戯曲を加筆したことで、平田オリザさんの原作にある諦観からの笑いやシニカルな笑いが影を潜め、答えのない問題が意図せぬユーモアによって救われるがラストが効いていました。ノゾエ征爾さんやタニノクロウさん、また昨年、さまざまな劇団によって上演された別役実さんもそうですけど、人間の根源的なおかしみを、まず肯定するという流れが目に付いた気がします。そうそう、拙者ムニエルも9年ぶりに復活公演をして、懐かしさだけではない笑いをつくり出していました。
【青年団『新・冒険王』 撮影:青木司】
藤原 確かにユーモア、感じますね……。F/T(フェスティバル/トーキョー)がかなり攻めてて良かったんですけど、あれもそれぞれの作品にユーモアがあるからこそ、シリアスなテーマを深く掘り進めることができたんじゃないかと。作家によって出し方は違いますけどね。範宙の山本卓卓さんが「社会的な問題を扱うことを恐れない」と宣言できているのも、ユーモアに関して自信があるからじゃないですかね。
徳永 ……そこはどうでしょう?(笑)。最新作の『われらの血がしょうたい』のインタビューで「この作品は思い切りポジティブなところからつくっている」と言っていましたけど、明るさが必ずしも笑いには行っていなかったかと。
藤原 ブラックユーモアですもんね。
徳永 もちろん、明るさを笑いに転換する必要はまったくないので、それでいいんですけど。ただ、田中美希惠さんの家政婦さん役には笑わせてもらいました(笑)。
▼近未来への想像力と、肉体的な痛み
藤原 範宙遊泳は特に顕著だったんですけど、近未来への想像力も進化したような気がしません? 範宙の『われらの血~』はインターネット上の情報と人間存在とが混ざった世界。ナカフラの『ロボットの未来』は人類のおよそ半分がロボットになっている。岡田利規『GBB』ではアメリカという存在が擬人化され、観客はその「傘」から抜け出る少し先の未来を想像することに……。リアリティがだいぶ変わってきているのかも。
徳永 チーム夜営の『タイトルはご自由に。』も、肉体を捨て脳だけになって宇宙を旅する未来の人類の話でしたが、複雑な設定を説明する語り口がタイトで、そのこなれ具合は未来との近さですね。
一方で、肉体に迫ってくる戦争の存在が描かれた作品も増えていると思います。マームとジプシーの『cocoon』は再演でしたが、やはりあの作品が導き出す生と死は、客席に直接的に働きかける鬼気迫るものがありました。私の2015年のナンバーワンである『マーキュリー・ファー』は、長く続く戦争に蝕まれながら、それでも何とか人間らしく生きたいともがくボロボロの人々を描いた近未来の話ですが、上演がちょうどフリージャーナリストの後藤健二さんがISに殺害された時期で、ひっきりなしの爆撃音とフィリップ・リドリーの暴力的な描写に肌を刺されるようでした。12月に上演されたシアター風姿花伝プロデュースの『悲しみを聴く石』も、内戦下のイスラム圏を舞台にした話で、登場人物3人だけの小さな作品ながら、爆撃で家のガラスが割れる演出をちゃんとやって、戦争がすぐそばにある状況をリアルに描いていました。
観る側も、つくる側も、戦争に対する距離感が明らかに近くなっていると思います。
【マームとジプシー『cocoon』憧れも、初戀も、爆撃も、死も。 撮影:橋本倫史】
▽もう一度観たい作品
編集部(た) 2015年に観た作品の中で、ひとつだけ、もう一度生で観られるとしたら何を選びますか?
藤原 うーん、2つまで絞って迷っているんですけど、地点の『三人姉妹』か、シアターゾウノハナの『ゾウノハナクルーズ』か……。『ゾウノハナクルーズ』は30人乗りくらいの船で横浜港を一周するもので、実は乗客に海賊が紛れ込んでいて乗っ取られる……という茶番演劇で(笑)、詳しくは12月のプレイバックで語りたいですけど、ともすれば紋切り型になりかねないストーリーなのに、俳優たちが本気でユーモラスに立ち向かう姿に感動を禁じ得なくて、アゴがはずれるかというくらい大笑いしました。いや最高でした。もう1回観たい!
とはいえやっぱり、地点『三人姉妹』を選ばせていただくことにします。というのもあの作品は俳優たちがプロレスみたいにくんずほぐれつしていて、舞台の壁が動いたり、というイメージは強烈に印象に残ってるんですけど、1回観ただけでは自分には舞台の全容がわからなくて。チェーホフの『三人姉妹』がベースだからストーリーは想像できるんだけど、僕にはまだあの作品の魅力を言語化することができない。だけどあそこには何か自分にとって大事なものがある、と確信できる舞台でした。
僕自身の今の指向性として、できれば構造分析的な批評はもうやりたくないと思っていて。そうは言いながらもやっちゃうし、ドラマツルギーや空間構造を捉えるのも大事なんだけど。でも演劇という芸術はもっとわけのわからない豊かさを孕んでいて、それが楽しみだから自分は演劇を観にいくんだよなーと、最近ひしひし感じるんですよね。地点の『三人姉妹』はそんな初期衝動をあらためて感じさせてくれる作品でしたし、そういう舞台に2016年も出会えるといいなって思ってます。
徳永さんはもう1回観るなら何ですか?
【地点『三人姉妹』 撮影:松本久木】
徳永 『マーキュリー・ファー』と迷いましたが、さいたまネクストシアター『リチャード二世』にします。 2014年11月に蜷川幸雄さんが香港で倒れられて、2015年3月本番のこの作品に取り組めるのか心配されたんですけど、見事に復活したんですね。しかも、自分が座ることになった車椅子を効果的な小道具に使ったり、床に地球の大きな写真を映してそこにリチャード二世を横たわらせて彼の巨大な孤独を一瞬で見せたりと、冴えたアイデアを次々と出して。逆境をプラスに転じて、シェイクスピアの中でも地味だと言われている戯曲を見事に現代のものにした蜷川さんの演出を──客席が三方囲みだったので──、別の角度からもう1回観たいです。
【さいたまネクストシアター『リチャード二世』 撮影:宮川舞子】
▽第60回岸田國士戯曲賞 ノミネート作品予想
藤原 作品についてあらかた話したところで、岸田國士戯曲賞の最終候補予想してみましょうか。僕はいよいよ大人びて新たな魅力を身につけた三浦直之の『ハンサムな大悟』。これまでは誤意訳として古典戯曲を翻案してきたが、実は戯曲を書いてきたし、そこに強いメッセージ性を持っている中野成樹の『ロボットの未来・改』。そして対象になるのかはわかりませんが、今や日本の演劇界にとってなくてはならない存在になったソン・ギウンの『颱風奇譚』。それからまだ戯曲しか読んでないですが神里雄大の『イスラ!イスラ!イスラ!』のスケール感は唯一無二だと思います。またこれも見逃してしまった話題作なのですが、タニノクロウの『地獄谷温泉 無明ノ宿』はノミネート来るんじゃないでしょうか。山本卓卓も当然候補に挙がってくる可能性が高いと思いますが、個人的には彼の伸びしろはまだまだ測り知れないものがあると感じています。
徳永 大体同じです。ロロの三浦直之さんは『ハンサムな大悟』か『いつだって窓際であたしたち』のどちらでも行けそう。範宙遊泳の山本さんも『となり街の知らない踊り子』と『われらの血がしょうたい』の、これまたどちらでも。それとタニノクロウ『地獄谷温泉 無明ノ宿』、ペヤンヌ・マキ『お母さんが一緒』も来ますね。齋藤桂太さんの『非劇』も最終ノミネートに残ると思います。ダークホースで『タイトルはご自由に。』の大竹竜平さんも挙げておきます。地方の公演があまり観られていないので、どうしても東京中心になってしまいますが。
▽演劇最強論-ingが選ぶ最優秀○○賞
編集部(白) 作品の次は、個人賞も考えてみましょうか?演劇最強論-ingが選ぶ最優秀○○賞。
徳永 「女優賞」は伊東沙保さん! 1月のモダンスイマーズ『悲しみよ消えないでくれ』と3月の地点『三人姉妹』、スタイルが全く異なる2作に続けて出演した姿を観て、この人はいい意味で、同じリアリティで役に向き合っていると思ったんです。つまり、モダンスイマーズだから地点だからと、演出家の個性に安易に合わせて表面的なアプローチをしない。まず戯曲を読んで役を理解して、そこからどう動くかを考えていくんだろうなと。……これ、私の勝手な想像ですよ? でも俳優としてそれはとても真っ当に自立していることで、どちらもとても、身体と心が一緒に動いている感じがしたんですよね。木ノ下歌舞伎『心中天の網島』のおさん役もよかったですし。
【地点『三人姉妹』 撮影:松本久木】
藤原 伊東沙保さんの受賞に異論はないのでダブル受賞ってことでもアリなんですけど、他に今迷ってるのが『GBB』のウィ・ソンヒさんか……。
徳永 ああ、確かにすごくよかった。マンスリー・プレイバックでも話しましたが、アメリカの前では日韓が交換可能ということは、韓国の男優のイ・ユンジュさんとウィ・ソンヒさんが優れた表現力を持っていたからよくわかりました。でもでも……藤原さんだけでなく多くの男性から、ウィ・ソンヒさんがいいという声を聞きます。地味さの中の色気に惹き付けられた人多数なのでしょうか(笑)。
藤原 う……(絶句)。ではそんなソンヒさんの色香に心惹かれつつも、やはり最優秀女優賞は、劇団ままごとの端田新菜さんに授賞させていただきます!特に『わが星』小豆島公演は、3年目にしてやっと島の人たちにこの作品を見せられる、という万感の思いを舞台の上で感じました。役者魂を見たというか。小豆島でのままごとの活動は彼女なしにはありえなかっただろうし、夫の山本雅幸さんと共に子育てしながら演劇をやっていく、という生き方も含めて、今の日本の演劇界に与えている影響もすごく大きいと思います。
徳永 賛成です。何度も恐縮ですが『わが星』の未就学児童が観覧できる回は、赤ちゃんの安全性やお父さん、お母さんの気持ちをとてもこまやかにすくいとった会場運営が素晴らしかった。それも端田さん抜きでは実現しなかったと思います。
【『わが星』小豆島公演 撮影:濱田英明】
徳永 男優賞は決まっていますか?
藤原 僕は今、心奪われてるのはですね、『ゾウノハナクルーズ』で極悪な海賊ワイルドを演じた洪雄大さん。プロレスの悪役もやれそう(笑)。この3年間のシアターゾウノハナではマイクを握らせたらピカイチの良い声で、たまたま象の鼻テラスに立ち寄った人たちの邪魔をせず、それでいながらその耳目を惹きつけるという絶妙の按配を実現。中野成樹+オオカミ男の『ロボットの未来(つながらない星と星)』でも若い俳優たちをうまくリードしていた。いい仕事してます。というわけで男優賞は洪雄大さんに!
徳永 私は該当なしかな……。
藤原 えっ?! 「できるだけ受賞者を出す」っていう精神が演劇界の掟じゃないんですか!
徳永 岸田國士戯曲賞における井上ひさし先生の意向ですね(笑)。「演劇は賞自体があまりないから、できるだけその機会を減らさないように」という。
藤原 というわけで!
徳永 うーん、チラチラと頭に浮かぶ方もいるんですが、伊東さんに受けた感動を基準にすると、どうしても選べません。ここは厳しく該当者なしで!
藤原 では、来年こそは~!
徳永 「美術賞」は、ロロ『ハンサムな大悟』、サンプル『離陸』、地点『ミステリヤ・ブッフ』と、マンスリー・プレイバックで何度も名前が挙がったのが杉山至さんですね。これは文句なしの受賞でいいのでは?
藤原 スケベ椅子から皇居まで、の発想の豊かさですね……。コンセプトをあの手この手で可視化する舞台美術がいつも楽しみです。
徳永 ペニノ『地獄谷〜』の稲田美智子さん、チェルフィッチュ『GBB』の高嶺格さんの仕事ぶりも、忘れがたいですけどね。
徳永 「照明賞」を贈りたいのは松本大介さんです。ハイバイやイキウメなど、たくさんのおなじみの劇団と仕事をしている方ですが、今回の対象はシアター風姿花伝の『悲しみを聴く石』。一幕ものの室内劇で、爆撃や時間の経過という外のリアリティと、登場人物の心理の移り変わりという内面の変化、両方を照明によって見事に照らし出してくれました。
藤原 新・演劇放浪記でインタビューさせていただいたイ・ホンイさんには「翻訳賞」をあげたい。2015年は最終的に9作品かな……? たくさんの日本の現代戯曲を、韓国語への翻訳上演にこぎつけた。日頃から戯曲を集めて読み、翻訳するという努力されている、日韓演劇界をつなぐキーパーソンです。
徳永 「パートナーシップ賞」をたかくらかずきさんに贈りたい。『われらの血がしょうたい』が醸し出していた迫力は、背景のパネルと俳優と映像の厳密な関係──位置やバランスによる遠近感だったり、演出が戯曲の解像度を上げていくのに対して映像は解像度を粗くしていくなど──にあると思うんです。それはやっぱり、範宙遊泳の劇団員であり、今回久々にがっつり山本さんと組んだたかくらさんの力が大きいのではないかと予想しました。個人としても活動が活発になっているようなので、2016年はたかくらさんを追いかけたいです。
徳永 「プロデュース賞」は、木下順二の戯曲を長塚圭史さんが演出した『蛙昇天』、この作品をプロデュースした、boxes Inc.の鈴木拓さんに。長塚さんは震災後に何度も仙台を訪ね、現地の演劇関係者と交流してきたそうですが、現地の俳優とスタッフを中心に座組を固め、ハードルの高いこの戯曲を高い水準に持っていったのには、プロデューサーの熱意と機動力が不可欠だったはずなので。
藤原 「よくぞ呼んだで賞」を作りたい。もちろん11月のプレイバックでも触れましたが、賛否両論のアンジェリカ・リデル『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』を日本に招聘した、F/Tディレクターズコミッティの横堀応彦さんに。簡単なお仕事ではないと思いますが、今後も刺激的な作品を紹介してほしいです。
藤原 スケジュールの都合がどうしても合わなかったのですが、かつて青年団所属俳優だった菅原直樹さんが、岡山の和気町で介護士として働きながら立ち上げたOiBokkeShiの活動がとても気になってます。「おかじい」こと岡田忠雄さんという89歳のおじいさんと出会って、一緒にやっているんですよね。演劇と共に生きていく在り方として、菅原さんたちは新たな道を提示してくれているような気がしています。2016年こそは岡山に行きたい!ということで「今年は観たいで賞」を。
徳永 いい賞ですね(笑)。私も今年こそ拝見したいです。
▼2016年の抱負
藤原 2016年も日本を留守にしがちにはなってしまいます。でもこうして「演劇最強論-ing」という場所もつくっていただいたんで、できるだけ作品を観て言葉にしたいとも思っています。関東圏以外のエリアに行く機会もできればもっとつくりたいんですけど。
徳永 私ももっといろいろな場所に出かけて行って、その土地の劇団を観たいですね。そして観たものに関して言葉にする作業をもっとしていきたい。ただ、発信して終わりという現状に少し疲れてきまして……。自分の言葉の届き方や届く先を確認したり検証したり、その上で何らかのやりとりができないか、まだ方法はわからないので、これから考えたいです。
藤原 僕はこの「演劇最強論-ing」が始まる前に特にそう思ってました。今このサイトも手探りですけど、少しずつ良くしていきたいです。そして自分自身としては、喋り言葉だけではなくて、書き言葉として長い文章を書く必要を感じてもいます。それが、時間が流れていくことへのとりうる手段な気がする。まあやってみます。本年もよろしくお願いします!
徳永 今より多くの方に読んでいただけるように、と同時に、ひとつひとつの作品について少しでも深く考えていただくきっかけになるよう、精進いたします!
▽演劇最強論-ing が選ぶ2015年各最優秀賞受賞者一覧
◎男優賞
徳永選:該当者なし
藤原選:洪雄大さん(ゾウノハナクルーズ、中野成樹+オオカミ男の『ロボットの未来(つながらない星と星)』)
「何度逆立ちしてみても、皆様の御陰の皆様が受賞で『こいつぁ春から縁起が良いや』
あと、丈夫な声帯をくれた母も受賞で『どえらい賞もろたで』
諸々代表し、ありがたく頂戴します。賞に恥じぬよう、精進します。」
◎女優賞
徳永選:伊東沙保さん(モダンスイマーズ『悲しみよ、消えないでくれ』、地点『三人姉妹』、木ノ下歌舞伎『心中天の網島』)
「ありがとうございます。がんばれよという励まし受け取りました。作家や演出家や一緒につくる皆様に恵まれています。観てくださり、残らないものを言葉にしてくださり、繋げてくださり、支えてくれた方々に感謝です。」
藤原選:端田新菜さん(ままごと『わが星』)
「2015年、本気で誰かに褒めてほしかったんです。でも、子育て中で多数の作品への出演は叶わないので、個人への評価は得られないだろうと思っていました。本当に嬉しいです。ありがとうございました。」
◎美術賞
杉山至さん(ロロ『ハンサムな大悟』、サンプル『離陸』、地点『ミステリヤ・ブッフ』他)
「徳永京子さん藤原ちからさんという小劇場の隅から隅まで目を光らせているお二人が監修されているサイトで、このような栄えある賞を頂けた事、非常に嬉しく思います。
日本のパフォーミングアートが、よりグローバルな発展と評価を得る事を願って。」
◎照明賞
松本大介さん(『悲しみを聴く石』)
◎翻訳賞
イ・ホンイさん
「本当にありがとうございます。2015年は(戯曲朗読公演を含めて)9作品も上演できて、とても幸せでした。一つ一つ韓国の演出家・俳優・スタッフ・観客から愛される作品になったことが何より嬉しいです。これからも頑張ります!」
◎パートナーシップ賞
たかくらかずきさん(『われらの血がしょうたい』)
「ありがとうございます。
ぼくは演劇ってかっこわるいと思っている人間です。ですので集団内部にいる外的因子として機能していると思っています。
集団でものをつくるということは、すごく面白いのと同時に不思議な体験でもあります。範宙遊泳の内部で僕がなにをしているのか、言葉での説明は難しいですが、卓卓やメンバーの作る力と作用しあって、そして外側の力とも作用しあって、文化を作っていけたら良いと思っています。」
◎プロデュース賞
CREATIO ATELIER THEATRICAL act.01「蛙昇天」仙台公演
舞台統括・鈴木拓さんよりコメント
「年の瀬にとても嬉しい報でした。多くを悩み、苦労し、粘り、反省し、学んだ企画です。
地方だからこそ為し得る形を模索し続けた、僕らなりの一つの解を評価して頂き、感謝しております。ありがとうございます。」
◎よくぞ呼んだで賞
横堀応彦さん(F/Tディレクターズコミッティ)
「アンジェリカ・リデルの作品の中で最も力強い作品を東京で紹介することが出来たことは大きな喜びでした。
フェスティバル/トーキョー(F/T)では2014年からディレクターズコミッティというチーム体制で上演作品を決定しており、今回の招聘が実現したのは(特に実際に演目を担当してくれた)F/Tの同僚たちの後押しがあってのものです。
今回の受賞はリデル担当チームへのものとして受け止め、皆で喜びたいと思います。ありがとうございました!」
◎今年は観たいで賞
OiBokkeShi
主宰・菅原直樹さんよりコメント
「今年は観たいで賞、ありがとうございます。来年は、90歳のおじいさんとまち全体を使って演劇なのか介護なのかわからないようなツアーを企んでいます。岡山・和気町でみなさまのご来場を心よりお待ちしております!」