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<先月の1本>アガリスクエンターテイメント『SHINE SHOW!』 文:丘田ミイ子

先月の1本

2022.10.22


良い舞台は終わったあとに始まる。強く長く記憶されることが、その作品を良作に成長させていく。けれども人間の記憶は、記録しないと薄れてしまう。「おもしろかった」や「受け入れられない」の瞬間沸騰を超えた思考と言葉を残すため、多くの舞台と接する書き手達に、前の月に観た中から特に書き残しておきたい1作を選んでもらった。

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Must go onなのは、ショーだけではなくて


恵比寿のシアター・アルファ東京を後にして取材に向かう道中、Apple MusicからMr.childrenの『シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜』を再生した。心に残った演劇の劇中歌プレイリストを作るのは私の趣味の一つである。「順番を待ってたんじゃつらい 勇敢な恋の歌」というそのサビの終わりを聴きながら、続けて中島みゆきの『ファイト!』、松浦亜弥の『♡桃色片想い♡』、広瀬香美の『ロマンスの神様』、スピッツの『楓』、レミオロメンの『粉雪』、ZEEBRAの『StreetDreams』、そして、長渕剛の『とんぼ』を続けて検索する。ライブラリに入っている曲と入っていない曲、ダウンロードできる曲とできない曲はあれども、それらを可能な限り一つのプレイリストにまとめて『SHINE SHOW!』と銘打つ。『明利ビルディング会社対抗のど自慢大会』というプレイリスト名でもよかったなと思いながら、シャッフル機能を使うことは避け、劇場で歌われていた曲をその順番通りに聴いた。

冨坂友が主宰し、作・演出を手がけるアガリスクエンターテイメント。9月に上演された新作『SHINE SHOW!』の物語の舞台は、超高層ビル「明利ビルディング」で開催されている会社対抗のど自慢大会の決勝戦。ビル内に入る会社の代表出場者たちが各々の十八番を提げその歌唱を競う、年に一度の大型イベントだ。冒頭、舞台に出てきたのは司会者の山田(斉藤コータ)と彩木(鹿島ゆきこ)で、「さあ、いよいよこの日がやってまいりました」と大会のスタートを告げる。その後数々のドラマが渦巻く大会であるが、この司会の二人にもある秘密があり、進行とともにそれも徐々に解かれていく。当日パンフレットにはのど自慢大会のプログラムが挟まれており、そこに会社名と社員名、曲名と出場への意気込みが書かれている。1曲目は、歌唱出演となる伊藤靖浩扮する株式会社トゥソフト・鳴井の歌う『シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜』。「順番を待ってたんじゃつらい」というそのサビ通り一番手の出演、4分30秒のフル歌唱である。「今年も思いっきり歌って楽しみます!」というコメントに一瞬視線を落とし、その堂々たる歌唱に「さすが常連出場者!去年もミスチルだったのかな」などと思っているあたりで、もはや『SHINE SHOW!』を観にきたのか、「のど自慢大会」を観にきたのか分からなくなっていることに気づく。ミスチルのフル歌唱を演劇で観ることはそうないが、すでにその場の空気は演劇というよりむしろショーであり、冒頭5分足らずで劇場を会場にしてしまうその仕掛けに踊る心で感嘆する。当然ながら全出場者のフル歌唱を届けることは演劇の構成的にも観客の集中力的にも難しい。しかしながら『SHINE SHOW!』という演劇は、後に続くありとあらゆる演出の工夫によってその劇時間と大会のプログラムスケジュールを休憩時間も含め徹頭徹尾「オンタイム」で走り抜くことで、「大会の進行がそのまま演劇の進行になる」という構造を鮮やかに成し遂げる事になる。その入れ子構造はシンプルに見せかけて照明や音響や美術、それらの連携に係るテクニカル面も含めた相当に複雑仕組みとそれに呼応する緻密な演出、体現する俳優たちの奔走なくしては成立しない。1曲目を終えた後、焦点はステージではなくそのバックヤード、大会の出場者ではなく、運営側にスライドする。その「進行」の妙についても記したいと思う。

運営側の登場人物は、ビル管理会社社員でのど自慢大会を愛し長年その運営を担う鈴本(熊谷有芳)と、鈴本のバディで初めて運営に携わる若手社員の加瀬(古谷蓮)、広告代理店社員・黒川(伊藤圭太)や大会目当てにビル内企業に転職までしたボランティアスタッフの秋野(前田友里子)。4名は力を寄せ合い、出場者が抱える様々なトラブルをシュートしながら、予定通りの進行を行うことに尽力していく。出番のスタンバイになっても会場に姿が見えない出場者もいるのだが、それもそのはず。出場者たちは全員が会社員、通常業務と並行してこの決勝に出場するため、出番ギリギリまでビル内のオフィスで仕事をしている者や、仕事の都合により急遽出場が叶わなくなる社員もいるのだ。呼び出しの電話を入れたり、登場までMCを繋いだりと、進行を担う運営スタッフは終始忙しい。その間もずっとプログラムに沿って様々な歌謡曲の歌唱がバックヤードの裏、すなわち見えてはいない表舞台で今まさに歌われているだろう遠さで流れ続けている。問題を抱える出場者たちの出番は休憩を挟んだ後半に相次いでおり、その問題が次々と露呈していくところで前半が終わるため、「休憩時間」ですら運営側が緞帳の向こうであくせく走り回っていることがありありと想像させられる。そして、この各々が抱える個人的な問題こそがショーの中で輝く人間ドラマそのものなのであった。いつしか観客はその出番とともに彼や彼女たちの問題解決を運営側と心一つに手に汗握り見守ることになる。カンパニーが追及した大会の臨場感をなるべく溢さず伝えるべく、出場者たちの抱える問題を一つずつ記そうと思う。

1「曲を変えて!」
かつてアイドル活動をしていた武蔵野報知器株式会社・琴浦(美里朝希)だが、最近は周囲からまるで「元アイドル」扱いをされないことに不満を抱いていた。そんな折に、のど自慢大会がなぜかバズっていることを知る。「元アイドルの出場が話題に?」と微かに期待をしたのも束の間、顔出ししていない人気Vtuberが出場するらしい、という噂でSNSは持ちきりなのであった。さらには、ラジオのイベント特集取材の名目で、かつて同じアイドルグループに所属していたライバルで現在はキー局の人気アナウンサー・多田(榎並夕起)が大会のファンでエンタメ系フリーライターの井荻(矢吹ジャンプ)とともに会場を訪れていることを知る。苛立ちをぶつけられる相手はビル警備員・浅見(淺越岳人)しかおらず、愚痴をぶつけるも、浅見にすら「警備の仕事の邪魔になる」などと言われヤキモキする。意地とプライドをかけて、『♡桃色片想い♡』から自分が完璧に熟せるアイドル時代の持ち歌に歌唱曲を変更したいと申し出るが、予選と決勝を同じ曲で行うという大会の規則上それは叶えられず…。

2「失格にして!」
人気Vtuber・星乃ミチカケの出場疑惑。その正体=「中の人」こそが、フーズイットの新入社員・笛木(大和田あずさ)であった。チャンネル登録者数70万を誇る彼女であるが、その活動は会社には隠されていた。しかし、笛木の会社フーズイットでは毎年新入社員が出場するのが恒例で、大会に集中できるようスケジュールは丸々空けられており、さらには曲までが指定されるのだという。よりによってその曲は、星乃ミチカケの人気に火を付けた【歌ってみた】動画で披露済みの『ロマンスの神様』なのであった。予選に来たファンの間ではすでに「声が星乃ミチカケに似てる」と噂になっている上、会場内でラジオ取材まで受ける羽目になり、その噂は一層熱をあげ、人集りが会場に押し寄せる始末に。声のみで活動する彼女にとって視聴者への身バレは最も避けたいことであるが、出場辞退をしても暗に噂を真実と認める形になるという八方塞がり状態に。さらには、少しでもその存在を認められたいのにまるで話題にされない元アイドルの琴浦と、なるべく知られず活動をしたいのに注目されてしまっている笛木の間で承認欲求を巡るバトルが勃発する。

3「出場辞退させて!」
株式会社ミクロレベル・鐘巻(三原一太)は決勝出場に駒を進めたものの、社内は自分が責任の一端を担う案件で起きたトラブル対応でデスマーチを極めていた。「そんな最中に呑気に歌など歌っていられない」と出場辞退を申し出るも、社長からの激励メッセージが届いていることなどから運営は必死に出場を勧める。しかし、会社のチャットを締め出された上カードキーをかざしても社内に入室できない事態に鐘巻は会社から見放されたと嘆く。さらに、『粉雪』を歌う際に使用する花吹雪が運営元に届いているのを確認するが、それが件のトラブルに関する謝罪メールのシュレッダーの塵であったことから鐘巻は「これは会社から自分への当て付けだ」と狼狽する。

4「出番を変えて!」
株式会社キャリアップ・和歌山(鍛治本大樹)がスピッツの『楓』を選曲したのは、同じくビル内の企業に勤める交際相手・由梨(ハマカワフミエ)が一番好きな曲を歌った後に公開プロポーズをしようと企んでいたからであった。しかし、『楓』を歌う出場者が出番の二つ前にもう一人。よりによって、由梨の元カレ株式会社ニュートラ・真嶋(笹井雄吾)だった。「元カレの二番煎じだけは避けたい」と出番の変更を懇願する和歌山だが、大会は出場者の通常業務と並行して行われているが故変更は難しい。加えて、当の由梨からは仕事の都合で会場に来られなくなったと連絡が入る。途方に暮れる和歌山に追い討ちをかけるように、真嶋が『楓』は自身の一番好きな曲であると告げ、和歌山はプログラムに書かれた「僕の、僕達の思い出に捧ぐ」という真嶋の意気込みにすっかり意気消沈する。


5「告発させて!」
株式会社アンドゥのデザイナーである音尾(平田純哉)の選曲はZEEBRAの『StreetDreams』。その挑戦的なセレクトにはこんな思惑があった。業務下において無理な納期を迫られた上島流しされたことをパワハラとして、ステージ上のラップにのせて上司を告発するのだという。その相手こそがビルの持ち主である大手不動産会社の役員・定岡(北川竜ニ)であり、運営が最も手厚く対応しなければならないVIP人物なのであった。周囲に告発を止めるよう説得されるもその決意は固く、さらには定岡本人にもその噂が耳に入る。

6「あいつが出るなら俺は出ない!」
大御所ロック歌手でテレビタレントとして活躍する大島(山下雷舞)は、運営側が出演をオファーしたゲスト出演者。のど自慢大会そのものには好感を示すも、長渕剛を師と仰ぐ彼にとってはどうしても許せないことがあった。大会の常連者で、オリジナルの衣装や美術をフル活用した長渕モノマネでステージを盛り上げる名物キャラクター、証券会社社長・弦田(中田顕史郎)の出場である。師ヘの愛故にそのパフォーマンスを忌み嫌う大島は、弦田が歌うのであればゲスト歌唱はしないと運営に告げる。そんなこととはつゆ知らず、定年で今回の大会が最後となる弦田は出番の準備に勤しむが、彼にもまた不測の事態が訪れる…。

といった具合に、それぞれの出場者がさまざまな問題を運営側に持ち込む。よりによって、複雑な人間関係が絡んだシュートの難しいトラブルばかりで、運営サイドは都度頭を抱える。そんな状況下でも時間は刻一刻と、曲は刻一曲と進み、トラブルを一つ二つと把握する度に、観客はその後の展開を固唾を飲んで見守る。「どうやって解決するのか」、「どうにか全員に歌いきってほしい」。そんな気持ちでプログラムを握る手につい力が入ってしまう。

そうこうしているうちに、元アイドル・琴浦の出番が迫る。その舞台裏で琴浦は、身バレを恐れて尻込みするVtuber星乃ミチカケこと笛木にこう詰め寄るのである。
「観て欲しいからやってるんじゃないの?聞いて欲しいから【歌ってみた】とか上げてるんじゃないの?」
それに対して笛木は、「注目されたいところも、されたくないところもあるじゃないですか。そういうの、私が選んでいいじゃないですか」と反発するが、琴浦はこう続ける。
「選べないの!そんなのは!見て欲しいときには見てくれないし、見られたくないプライベートは掘り起こしてスキャンダルとか言ってくるし、そういうの自分じゃどうにもならないの!そういうもんなの!歌ってるところ注目されるなんて、いいじゃん、最高じゃん。それなのに出たくないとか、じゃあ分けてよ、その注目。私にちょうだいよ」。
その激しい物言いに「そもそもあなた誰なんですか!」と言い返す笛木に琴浦はまっすぐな視線で一言「アイドルだよ!」と叫び、制服を脱ぎ捨て、派手な衣装でステージへ駆けて行く。アイドルの心意気を全身から放ち、世にも可憐に歌う『♡桃色片想い♡』はなんと輝かしいのだろうか。胸を打たれる。私だけではない。かつてのライバルで仲間であったアナウンサー多田にもその姿は届き、「何年ぶりだろう」と感激するそのつぶやきに「9年ですね」と割り入ったのは、あのビル警備員・浅見であった。彼女の愚痴を「仕事の邪魔」などと冷たくあしらっていた彼の「推し」こそが、誰でもない琴浦だった。こんなにも近くに“見て欲しいときに見てくれていた人”がいたのである。小さな偶然と大きな奇跡をよそに琴浦はステージを全うする。その姿に誰より胸を打たれていたのが、笛木なのであった。辞退を撤回し、覚悟を決めた笛木に運営の鈴本は「もしバレない方法があったら、その方がいいですよね」と確認する。笛木の葛藤の裏で運営側は秘策を用意していたのだ。Vtuberだからこそできる、「なりすまし」。笛木の歌唱中に運営アシスタントの秋野が自身のリモートワークのサボり術を応用して星乃ミチカケとして動画を配信することで彼女のVtuberとしての名誉をも守ったのである。二人のステージが問題なく終わり、出番前にバトルを繰り広げた琴浦と笛木は同志になっていた。時を同じくして、会社がトラブルの最中に出番を控える鐘巻に元に、社内チャットの締め出しもカードキーの無効化も出番に集中させるための同僚たちの計らいだったことが知らされる。鐘巻は感激を込めて全力で歌う。サビでは謝罪メールシュレッダーの“粉雪”が鐘巻の顔面にここぞとばかりに大量に舞う。会場は、観客は、大爆笑に包まれる。続く歌唱は、公開プロポーズをやむなく取り止めた和歌山の『楓』だ。恋人・由梨の姿はなく、沈んだ面持ちで歌い切る。しかし、その歌声はビル内で働く由梨の元にもしっかりと届いていた。歌唱中に見られなかった笑顔が、それを知らせた由梨との電話で見せられる。その歌唱に一際感動している意外な人物がもう一人いた。司会の山田である。実は山田は共に司会を務める彩木と元恋人同士で未練を持っていた。感極まった山田は彩木に「もう一度やり直そう」と告げるが、こちらは撃沈。勝つ恋あれば、敗れる恋あり、である。恋の香り漂うステージから一転、続くは音尾のZEEBRA、告発ラップだ。ここでもまた運営がひと肌脱ぐ。告発相手であるVIP役員・定岡に事情を話し、予め拡声器を持たせ、飛び入り参加をさせたのである。告発を乗せた音尾のラップに対し、定岡は即興ラップでその誤解を解き、ラップバトルはやがてラップ和解へ転じ、ステージで二人は握手を交わす。全てのステージがなんとか良い形で終わっていき、残すステージは大会の「名物」、弦田の長渕パフォーマンスのみとなった。しかし、ここで今回の大会で最も大きな問題が勃発する。弦田が社長を務める証券会社に40億の損失が危ぶまれる大きなミスが起こり、クライアントへ早急な謝罪に向かわなくてはならなくなり、弦田が辞退を申し出るのである。その申し出に誰より抵抗を見せたのは、これまでのトラブルを冷静にシュートしてきた運営の中心人物・鈴本だった。彼女にとって弦田は、この大会の運営を長年担うきっかけとなった憧れの人物だったのだ。仕事がうまくいかず、地元に帰ることも考えていたかつて、彼女は故郷を想って長渕剛を繰り返し聴いていた。そんなある日、ビルの中庭で「とんぼ」を弾き語りする弦田を見たのだと。東京の高層ビルでこの歌をこんなに楽しそうに歌う人がいるんだと思ったら、だんだん元気が湧いてきて、思わずのど自慢の出場にエントリーしようとしたのだと。しかし、鈴本はひどい音痴で、せめてもの気持ちで毎年運営に携わっていたというのである。そんな彼女にとって、弦田の最後の大会出場、その完遂は何よりの願いだった。
1番だけ歌うのは? 出場の事実が外に漏れないように名前を呼ばないようにするのは? 歌った時点ではトラブルを知らなかったということにするのは?
これまで規則に準じて臨機応変に対応してきた鈴本だが、この問題にだけは感情を隠すことができず、様々な打開策を提案してしまう。しかし、弦田は「あなたがクライアントだったとして。こんな格好で長渕剛を歌ってから来た男に謝罪されて、許すことができますか?」「逆にあなたが長渕剛だったとして。今から、クライアントへの謝罪を考えながらライブをすることができますか?」と問う。「できません」と答えながらも諦めがつかない鈴本は「これが最後じゃないですか」、「初めてですよね、同じ歌歌うの。『とんぼ』、最初に出て来たときの歌じゃないですか」と懇願する。弦田は大会に込めていた自分の思いを理解していた鈴本に感謝を告げながらも、「この大会は、普段は別の仕事をしている会社員が歌うことに意味があります。ここで仕事を選ばなければ、明利ビルのど自慢ではなくなってしまう。私はそう思います。だから私は仕事に行きます。鈴本さん、後のこと、よろしくお願いします」とオフィスに戻る。司会者が弦田の出場辞退とゲストの大島の歌唱に入ることを告げると、会場には不満の声が広がる。それを聞いていた大島は、あの客席の弦田コール=長渕コールは本物だと、今求められているのは俺じゃない、と晴々しくすらある諦観の意で出場を断るのである。司会がフリートークでどうにか間を繋ごうとする中、鈴本の元に弦田から電話が入る。そこに今だと言わんばかりに、鈴本のバディである加瀬が「普段歌わない人が歌うのが、明利ビルのど自慢でしょ?」と背中を押す。そして、裏方も裏方の鈴本はバックヤードを飛び出し、ステージに立ち、誰一人予想のできなかった出演者となる。「あなたになら託せます、長渕剛を愛し、明利ビルのど自慢を愛するあなたになら」と言う弦田の言葉を胸に、その意志を継ぐように、お世辞にも決して上手いとは言えない、しかし誰よりも熱い心でステージを沸かせるのである。弦田がこの日のために用意した、過去の全大会で身につけた数々衣装を代わる代わる身にまとって。

怒涛ののど自慢大会は全ステージを終えた。トロフィーを持っていたのが『楓』を歌った和歌山、ではなく、泣き顔の元カレ・真嶋であったのもまた絶妙に皮肉のきいた、サプライズな伏線回収である。レースには勝ったが、恋には敗れたのだから嬉し涙ではないのだろう。笛木は星乃ミチカケとしてこれまで通り動画配信を続け、アイドル衣装の琴浦を見つけた多田は「すっごい良かった!」と駆け寄り、久しぶりに飲みに行こうと誘うが、琴浦は仕事があるから、と大きく手を振る。その姿に刺激をされた多田はライターの井荻とともに大会のかつてない急展開と盛り上がりをラジオで熱く伝えるはずだ。和歌山と恋人の由梨は思い出の店に二人だけの打ち上げに出かけ、ゲスト歌手の大島は素晴らしいイベントだった、また呼んでほしいと鈴本を労う。最後の大会を辞退し、自分のやるべき仕事を選んだ弦田は、定年後は同ビルのテナントでカレー屋を出店する予定らしい。のど自慢の大会出場権は、ビル内で働く人全てにある。「どんだけのど自慢好きなんすか」と笑う鈴本のセリフで『明利ビルディング会社対抗のど自慢大会』は、『SHINE SHOW!』は幕を閉じる。

『SHINE SHOW!』。今もそのプレイリストを流しながら私はこの原稿を書いている。曲は今、中島みゆきの『ファイト!』である。この曲がステージからは見えない表舞台で歌われていたであろうその時、舞台裏を描いたステージに在ったのは、仕事と祭りの狭間で葛藤する人々の姿だった。祭りではなく仕事を選び、あの場を立ち去った弦田の姿に、その姿を切実な瞳で見つめる鈴本の横顔に、ふと魂の震えを綴る歌詞が重なる。「勝つか負けるかそれはわからない それでも闘いの出場通知を抱きしめてあいつは海になりました」。「闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう」という続くサビには、私自身これまで何度励まされたか分からない。そんな風に、演出上全曲の歌唱シーンはなかったものの、出場社員23人が選んだ23曲の全てに、意味が、想いがあったはずだ。プログラムに一言だけ綴られた彼や彼女の意気込みを今一度眺めながら思い起こすのは、不思議なことにステージで歌う姿ではなく、デスクで、取引先で、パソコンの前で、それぞれの場所で日々仕事に勤しむ姿だった。明利ビルディング会社対抗のど自慢大会は、会社員が年に一度歌手になる日だ。しかし、Must go onなのはショーだけではない。仕事も、生活も続く。ステージに立つ者も、その裏で奔走する者にもきっと、心にはいつも続けるためのファイトソングが鳴り響いているだろう。その歌を胸に、今日も今日とて目の前の仕事や生活に勤しむ姿こそがSHINE SHOW、人々が燦々と輝く日々というショーそのものなのだと私は思う。観客もまた同じである。劇場に出て、家へと帰る者もいれば、仕事へ戻る者もいる。俳優も演出家もスタッフもまた然りである。この舞台を終え、また別の仕事をする者もいれば、少しの間休む者もいるかもしれない。しかし、ファイトソングは決して鳴り止まない。チケットに記された「人は、働き、歌う」というキャッチコピーを思わずなぞる。今日を生き、選択の連続である今を重ねる私たちには、働く私たちにはきっと、いつでも闘う唄が必要なのだと、そう思う。
ちなみに、「SHINE SHOW!」は口にすると、「社員証」にもなる。そこまでが仕掛けだったかは定かではない。しかし、全てのトラブルを、伏線を、観る者が祈る形でしかし予想外の方法をもまぶしながら見事な形で回収し、エンターテイメントに全振りを捧げたアガリスクエンターテイメントとその出演俳優たち、そして、その作・演出を手がけた冨坂友という人ならば、タイトルにすらそんな音の魔法を忍ばせていても不思議ではないと思わずにはいられない。また1曲目のシーソーゲームが始まる。「順番を待ってたんじゃつらい」。だからやっぱり、Must go onなのは、ショーだけではない。プレイリストも続くし、人生も続く。勇敢に、続いていく。たとえ眩しいほどのピンスポットがそこに絞られずとも、人は、働き、歌い、そして輝く。


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おかだ・みいこ/フリーライター。2011年から雑誌を中心に取材執筆活動を開始。演劇、映画などのカルチャーを中心に、ファッション、ライフスタイルなど幅広く手がける。エッセイや小説の寄稿、詩をつかった個展も行う。

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【上演記録】
アガリスクエンターテイメント『SHINE SHOW!』

写真:石澤知絵子

2022年8月31日(水)~9月4日(日)
シアター・アルファ東京
脚本・演出:冨坂友
出演: 熊谷有芳、淺越岳人、前田友里子、伊藤圭太、鹿島ゆきこ、榎並夕起、矢吹ジャンプ 他

アガリスクエンターテイメント公式サイトはこちら

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