演劇最強論-ing

徳永京子&藤原ちから×ローソンチケットがお届けする小劇場応援サイト

【特集2】『岸田戯曲賞と私』(永井愛・二兎社)

第67回岸田國士戯曲賞

2023.03.15


『兄帰る』で第44回岸田國士戯曲賞(2000年)を受賞しました。それまでに、『パパのデモクラシー』『僕の東京日記』『見よ、飛行機の高く飛べるを』で3度候補になりましたが、若い劇作家の斬新な候補作の中に、もうすぐ50歳になる自分の作品が並ぶのは気恥ずかしく、選評を読むにつけ、私のような作風の者には手の届かない賞だと感じていました。

なので、候補になるのは4度目で最後にしようと決めていました。小松幹生さんも、ある時から辞退なさったと聞いたからです。全く期待がなかったせいか、選考の日時を忘れてしまい、部屋の掃除をしている最中に受賞の電話を受けました。片手に掃除機をぶらさげたままボーっとしたのを覚えています。

学士会館での授賞式では、二兎社創立の相棒、大石静や私の芝居の常連出演者たちが、「エンターテイナー」を演奏しながら、私の稽古風景を歌うという楽しいパフォーマンスを見せてくれました。心はうるうるしていたはずなのに、私は終始しかめっ面だったそうです。そういえば、ちょっと居心地の悪い思いがありました。

受賞作は、すでに而立書房での出版が決まっていたため、白水社から出すことができませんでした。「本来なら、ここに新刊が並ぶはずだったのに今回は残念だ」と、白水社の方に冒頭のスピーチで言われ、「歓迎されていないかも」と気後れしてしまったようです。

選評を読んでも、受賞できたことが不思議でした。7人の選考委員のうち、私を推したのは野田秀樹さんと井上ひさしさんの2人だけ。あとの方はみな「う~ん……」という感じだったのに、野田さんは「執拗に」推し続けたとご本人の選評にありました。私への不信を野田さんへの信頼がひっくり返してくれたのです。

今でも野田さんの選評を読むと、こそばゆい喜びが蘇ってきます。ここに評されたような劇作家でありたいと改めて思い、ちょっと心がシャキッとします。

翻って、私が選考委員を務めさせていただいた6年間、このような選評が書けたかと情けない気持ちにもなります。岸田戯曲賞の最大の魅力は、劇作家が渾身の批評を通して自身を語る、選評にあると言っても過言ではないでしょうから。

最近、最終候補作に選ばれても、ハラスメント行為を行った人が選考委員にいないかをまず問う人たちが出てきました。特に女性劇作家に多いようですが、ハラスメント加害者が選考する場合には、候補作の取り下げも辞さない覚悟なのでしょう。受賞に優先してポリシーを貫こうとする態度に、「おお、次世代はこう来たか」と膝を打ちました。

岸田戯曲賞が多くの劇作家にとって「もらいたい賞」であり続けることを私は願っていますが、「ほしい」とか「絶対とる」とか、はっきり言う人を目の前にすると複雑な思いがしていました。これがスポーツ選手なら、「メダルがほしい」と言われても違和感はありません。スポーツは基本、勝ち負けを競うものでしょうから。

でも、劇作は違います。新しい劇を生み出そうとする行為には、今ある権威を疑ってかかる精神が不可欠ではないでしょうか。「岸田戯曲賞がほしい」と公言することは、あまりにも素直な既成の権威の承認、屈服であり、未開の劇世界に踏み入ろうとする心の切っ先を、知らず折り曲げることにならないかと気がかりです。

とは言え、こういった特集が企画されたり、候補作が全文公開されたりして、岸田戯曲賞とともに劇作家の存在が広く認知されていくのはいいですね。今回は私の注目する劇作家も最終候補に残りました。選考の結果がいよいよ楽しみです。



撮影:本間伸彦

ながい・あい/劇作家・演出家。二兎社主宰。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻卒。言葉や家族、ジェンダーなど、多くの人が無意識に受け入れてしまう社会の土台を丁寧に掘り下げ、いま起きている問題、過去に起きて続いている問題の再発見へと繋げる劇作を精力的に続けている。鋭い着眼点と丁寧な取材に裏打ちされながらユーモアと温かさを含む作品はさまざまな国で翻訳され、リーディング上演されている。『僕の東京日記』で第31回紀伊國屋演劇賞個人賞、『ら抜きの殺意』で第1回鶴屋南北戯曲賞、『萩家の三姉妹』で第52回読売文学賞、『こんにちは、母さん』と『日暮里風土記』で第1回朝日舞台芸術賞秋元松代賞、『鴎外の怪談』で第65回芸術選奨文部科学大臣賞、『ザ・空気』で第25回読売演劇大賞最優秀演出家賞など、受賞多数

『兄帰る』にて第44回岸田國士戯曲賞を受賞。選評はこちら

【特集】第67回岸田國士戯曲賞

第67回岸田國士戯曲賞(白水社主催)と特集します。 選考委員は岩松了、岡田利規、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、野田秀樹、本谷有希子、矢内原美邦の各氏(五十音順、敬称略)です 選考は、2023年3月17日[金]17時~