【字幕の内側座談会】翻訳コーディネーターたちが語る、日本の舞台を文字にすること
舞台とあう、YouTubeで。
2022.03.17
国際交流基金が主催する「STAGE BEYOND BORDERS」(SBB)の大きな特徴のひとつが、多言語の字幕を用意したこと。その数は6言語、内訳は、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、繁体中国語、簡体中国語で、日本語を含めると7つの字幕が選べる。これにより、YouTubeを観られる環境であれば、距離も時差も気にすることなく、日本の舞台芸術を提供することが可能になった。
けれどもそこに至る過程──日本語話者を前提に創作された50本(そのうち多言語字幕がついたのは41本)の舞台作品のせりふを適切に翻訳し、それを字幕にすること──が相当の労力を伴うのは想像に難くない。この難題を、本事業を国際交流基金と協同するEPAD(緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業)は、翻訳チーフに加え、各国語ごとに「翻訳コーディネーター」を立てる形でクリアした。翻訳コーディネーター3名と翻訳チーフにオンラインで集まってもらい、具体的な作業内容と、そこから見えた舞台芸術の字幕の可能性や課題について聞いた。
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中国語(繁体)/翻訳チームチーフ:新田幸生
フランス語:副島綾
英語:山縣美礼
スペイン語:中園竜之介
進行:徳永京子
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50作品ほぼ同時の多国語字幕を実現した、愛と情熱とスキル
「翻訳コーディネーター」制とは?
── 翻訳コーディネーターという耳馴染みのない言葉をまず解説していただくことで、このプロジェクトの特殊性がはっきりしてくるかと思います。EPAD事務局スタッフでもある新田さんに、その説明からお願いできますか。
新田 私はプロデューサーという立場で海外とのコラボレーションをしたことが何度かあって、その経験からすると、舞台芸術の翻訳は、訳す人がアートや演劇に詳しくないと、アーティストの言いたいことが上手く伝わらないことがよくあるんです。最初にこの企画を聞いた時、一番シンプルな方法は、翻訳業者さんに50本丸々投げることだとは思ったんですけど、プロデューサーの立場から、それでは絶対に良いテキストが上がってこないという感覚がありました。せっかく無料配信しても、翻訳が良くなかったら誰も観てくれない、それでは意味がないですよね。
ただ、中国語や英語だったらお願いできる翻訳者の知り合いがそれなりにいるんですけど、スペイン語、フランス語、ロシア語となると少なくて、こんなにボリューミーな仕事を回すことは出来ない。そこで考えたのは、自分が中国語の演劇でやっているような仕事を他の言語でやっている人、私と似たキャリアや同じポジションで仕事をしている人たちのネットワークを借りて、それぞれの言語のチーム体制にすれば、良い翻訳が出来るんじゃないかなと。
今回コーディネーターに選んだ皆さんは、いろいろな現場で一緒に仕事をしたことのある方たちです。山縣美礼さんは以前働いていたTPAMでご一緒しましたし、副島綾さんもTPAMで知り合った、日本の演劇にとても詳しいフランス在住の方。中園竜之介さんは東京芸術祭のワールドコンペティションのスペイン語の担当でした。皆さん、翻訳能力も素晴らしい上に、創作現場での実績があるので、きっと独自の翻訳者や通訳のネットワークがあると思い、コーディネーターをお願いしたいと声をかけました。
── 6言語同時の翻訳、しかも対象作品50タイトルをほぼ同時という作業量が、翻訳コーディネーター制を必要としたということですね。その役割は、言語能力に長け、かつ、創作現場に詳しい方をチームリーダーとして、自分の担当言語の翻訳者さんを束ね、上がってきた翻訳について逐次チェックする、という理解で良いですか?
新田 それともうひとつ、大事な仕事があります。私も普段、中国語と日本語の翻訳をしていますが、作品と翻訳する人との相性がすごく大事なんです。同じ言語でも、例えば青年団の作品と相性が良い人とそうでもない人がいて、コーディネーターさんは、自分の翻訳者リストの中から「この作品はこの人が合うだろう」という、マッチング作業みたいなこともやってくれました。
── コーディネーターの皆さんには、50タイトルが一気に送られたのでしょうか?
新田 まず最初に1本でトライをしたんですよ。『わが星』(ままごと)でした。
山縣 そう! スタートが大変でした(笑)。ラップだし、分量がすごいし。『わが星』はストーリーを理解するのが難しいんですよね。家族の話かと思っていたら壮大なスケールで、実はあの家族が宇宙の始まりを表していたみたいなことを、私自身、何度か映像をチェックする中で把握しました。と同時に、同じ言葉が繰り返されるのをどう表現するかがとても大事で。簡単な例を上げると「水金地火木土天海冥(スイキン チカモク ドッテン カイメイ)」を、(日本語のせりふにならって)略して言うか、ちゃんと惑星の名前を書き出すかの選択とか。韻や洒落のような言葉遊びから、ひとつの単語の意味を広げていくようなせりふが多かったので、そこも苦労しました。
『わが星』YouTube配信画面から。
副島 おっしゃる通り、言葉遊びが本当に多い作品ですよね。幸い、翻訳をお願いしたのがとても優秀な方で、私は査読だけしたんですけど「これはこういう意味かな?」と質問される度に一緒に考えて、とても勉強になりました。あと、音ですよね。音楽劇に近いので、音のおもしろさみたいなものを損ね過ぎないようにするには、どう字幕をつくれば音と乖離しないかということを頭の片隅に置いていました。また原稿の区切りが短く、そのまま表示すると字幕がチカチカして読みにくくなるので、シートを合体させたりしました。映像を見ながら再調整するという作業が必要でしたね。
中園 山縣さんがおっしゃった内容の理解は本当にそうですね。スペイン語も翻訳者さんがそこでかなり苦労されたと聞いています。台本を読んでも、同じ言葉でも平仮名とカタカナで書き分けてあったり、同音異義語も結構あって、どっちの意味で使っているんだろうという判断ですね。それと、『わが星』だけに関してではないんですけど、スペイン語は大きく分けて、スペインのスペイン語と中南米のスペイン語があって、表現の仕方がちょっと違うんです。スペイン語のチームはふたりがスペイン人でひとりはメキシコ人という編成だったのですが、今回のプロジェクトでは中南米のスペイン語にするという方針だったので、基本的に翻訳はスペイン人、査読はメキシコ人の方にしていただく形でした。後半になるとスペイン人の方も中南米のスペイン語表現を使って翻訳することに慣れてきてくださったのですが、『わが星』は最初の作品だったので査読の方からかなり修正が入り、すり合わせが大変でした。
新田 『わが星』はどの言語でも翻訳しづらいと思います。中国語に翻訳する時の良い部分を言うと、ボリュームが半分ぐらいになるので、お客さんが(字幕が表示されている間に)読み切れないという心配があまりない。その一方で大変なのは、ひとつが人の名前です。他の言語だったら、日本人の名前は、読み方で表記するじゃないですか、「Yukio」とか。でも中国語は元が「ユキオ」でも漢字に変換しなければならない。どの字を選ぶのかはすごく難しいですよ。というのは、お客さんはその字からキャラクターを想像する習性があるからです。「ユキオ」の「オ」を、「男」にするか「雄」にするか「生」にするか、その判断はとても難しい。もうひとつは相槌。柴さんはよく「え?」とリアクションの音を書いているじゃないですか。でも「え?」を台湾や中国では使わない。台湾は「は?」と言うんですよ。そして柴さんの「え?」に当たる中国語は何か調べたんですけど、ぴったり来るものがなかなかない。
山縣 でも逆に、あの作品でこのプロジェクトがスタートしたのは良かったと思います。何を大事にして仕事をするかが、最初によくわかったというか。先程、新田さんから作品と翻訳者のマッチングの話が出ましたが、キャスティングと同じように、翻訳者がこれまでどういう作品を翻訳してきたかとか、年齢とかの相性もすごく大事なんですね。『わが星』の翻訳者は60代の方で査読の時に私がもう少し若者らしい、役に合った表現や口調に変える作業をしました。でもその加減も難しくて、新田さんといつも「翻訳者ってアーティストだよね」と話すんです。みんな誇りとプライドをかけてやっているから、気持ちを損ねないようにこちらの希望を伝えるのは毎回チャレンジです。そういうコミュニケーションの土台が『わが星』で出来たので良かったです。
新田幸生/プロデューサー。日本生まれ台湾育ち。国立台北芸術大学アートマネジメント大学院修了。フリーのプロデューサーとしてパフォーミングアートの分野で活躍するほか、ジャンルや国境を越えた制作に取り組む。近年は、アジア各地のコンサートや大型イベント、授賞式で演出、クリエーティブディレクター、アドバイザーとしても活躍。2021年10月から台北CLOUD GATE THEATERのシアターマネジャーに就任。
山縣美礼/声優、英語コーチ、メディアコミュニケーションアーティスト。アメリカでの俳優経験を経て舞踏ダンサーとして日本国内外で15年間活動。台湾と国際共同演劇プロジェクトなどをプロデュース。バイリンガル声優としてしまじろうシリーズ、NHK Japangleをはじめ英語教材、アニメ、CMに出演。番組やドラマの英語監修および俳優の英語トレーニングを行うほか、Yoshiki Channelの同時通訳として活動中。6ヵ国語を話すスキル、国際的感性、芸術性を活かし世界と日本の芸術文化を繋ぐことをミッションとしている。https://www.milleon.jp/
ガイドラインはチームオリジナル
── 翻訳者に渡すガイドラインを、皆さんそれぞれにつくられたとか。
副島 そうですね。失敗をメモしていく形でしたけど。「音が伸びる時の表記を揃える必要がある」「字幕の1行目が長いと俳優の演技(の映像)にかぶる部分が増えるから、2行目を長くしたほうが良い」「歌詞は句読点を付けない」など、そういったことをちょっとずつ学んで、翻訳の人たちに渡すメモにし、皆さんに慣れていっていただいたという感じです。初めてお願いする方に送ったら、あまりの量に引かれたんですけど(笑)。
中園 僕はそのあたり、新田さんにたくさん助けていただきました。まずトライアルで翻訳者にやり方を覚えていただく時点で、質問がいくつか来たので、それをまとめて新田さんに送って教えていただくという形でやっていったので。
山縣 私も、アメリカ英語でも句読点や数字の表記とかいろいろあるし、Netflix表記と呼ぶべき英語も出てきたのでガイドラインが必要になりました。台本寄りにするか実際のせりふ寄りにするかなど、決めるべきことは毎回出てきて、翻訳者の方に質問される度に悩みました。ただ、今回のプロジェクトは日本文化の発信ということが土台にあったので、『わが星』でふたりの女の子が日本の昔ながらの遊びを順番に言っていくシーンで、例えば「だるまさんが転んだ」を英語でどう言うかを考えた時、西洋の子どもの遊びに置き換えるのか、説明を入れるか、ローマ字で言うかなど方法はいくつかあるんですけど、出来るだけ日本の遊びに近い表現を使うことに決めました。あとは、「役の年齢、性別、性格に合った翻訳にすること」とガイドラインに書きましたが、最終的に私の方でよりその役の「声」としてふさわしい言葉に修正する際に、自分の演者としての経験が大いに活かされました。
また作業していく中で、日本語の面白さを完全に翻訳できなくても、作品の良さが十分に伝わるケースがあることもわかったり。『ありか』(島地保武✕環ROY)がまさにそうでした。基本的に出てくる言葉がラップで、言葉遊びが日本語の単語によるものなので、直訳したところでパフォーマーが面白いと感じているニュアンスのすべては伝わらない。そこで表現や単語を査読者と相談しながら選んだのですが、パフォーマンスが素晴らしいし、言葉もイメージ膨らむものばかりなので、シンプルな翻訳でも結果的に美しい表現になりました。例えば、「春巻き/春を巻き込んで、夏へ向かう」というフレーズは”Spring roll / Wrap spring up and head towards summer”と訳しましたが、浮かび上がるイメージが英語でも素敵ですよね。
新田 中国語チームは、一番最初に「台本は教科書ではない」という大きなルールを決めました。つまり、日本語は主語がわからないとか語尾が曖昧といったわかりにくい部分があるけど、想像力が入る部分はそのままキープしよう、ということでした。例えば、山縣さんの話にも出た『わが星』の「水金地火木土天冥海」、それを意味的に1番近い中国語に訳すると、「1234567」になるんですよ。でも元は星の名前から来ているので、そのままにしようとか。もうひとつ大事なのは、お客さんの想像力を信じる気持ちですね。そのためには、テキストだけに頼らず映像を観る。空間と音と舞台美術と合わせて作品は成立しているから、もしせりふに空白があれば、照明や舞台美術から演出家が伝えたい世界観を探る。そこは大事にしました。
副島 同時に、新田君や事務局にお礼を言いたいのは、台本を付けてくださったこと。台本を読むと、ト書きなどでかなり謎が解けることが多くて。映像はどこかで切り取っている場合も多いじゃないですか。切り取られたところ以外も、本来は観客は舞台を観る時に自分の視点で選べるものなのに。映像になったものは編集に携わった人たちの視点なので、台本が見えない部分を広げてくれる感覚がすごくありました。翻訳者でも、台本を丁寧に読んでチェックしてくれている方たちはいらして、そういう翻訳はやっぱり直しが少なくて済んだので、非常に助かりました。ありがとうございました。
新田 うれしいです。実は今回の企画の前にも僕は他の配信プラットフォームから翻訳依頼を何回も受けていて、その時に資料としてもらえるのが映像と翻訳のエクセルだけだったんです。でもそれだと、途中で話す人物が変わってもわからなかったり、キャラクターの名前がわからないことが多くて不便だったんです。それで今回は絶対に台本を付けてくださいとお願いしました。
山縣 台本があるメリットに、劇作家やカンパニーの熱量が伝わって来ることがあるんですよね。こっちも一緒になって乗れるというか。「よし、これが言いたいんだったら、ここはこう伝えよう」みたいな、共同作業しているような気分になって「一緒に世界に発信しよう!」というパッションが生まれました。印象に残っているのが『太平洋食堂』(メメントC)で、大逆事件を題材に上演を重ねられてきた作品で、私が翻訳させてもらったんですけど、映像を観た時は自分に知識の足りなさにショックを受けました。それでYouTubeでたくさん日本史の動画を見て勉強して、台本にも、昔の日本人の思想の現代語訳や解説を劇作家さんが書き込んでくれたおかげでかなり翻訳がしやすかったですし、作品の理解を深められました。劇作家の方とお会いしていない中でもこういう翻訳作業をしていると現場の人たちと一体になっている気がしました。
中園 資料と言えば、おそらく新田さんとEPADさんのおかげだと思うんですが、英語で既に訳されているものもいくつかあって、それを予め共有していただけたのは、スペイン語チームにとってはすごくありがたかったです。やっぱりヨーロッパの言語で似ているので、英語の訳も参考に出来るということですごく助かりました。
副島綾/舞台芸術アドバイザー。2000年に渡仏。アヴィニョン演劇祭の事務局、国立シャイヨー劇場、フィリップ・ドゥクフレー・カンパニー、梶本音楽事務所パリ・オフィスで制作勤務。現在はフリーランスとして、主にパリ日本文化会館でプログラミングのアドバイス・広報、他劇場やフェスティバルとのタイアップ、国内外のディレクターへの情報提供など行っている。
中園竜之介/スペイン語通訳・翻訳者。早稲田大学在学中にスペイン・サラマンカ大学文学部に交換留学。大学卒業後、参議院事務局国際部に所属。のちに、コロンビア大使館通商部勤務。現在はフリーランスとして幅広いジャンルの通訳と翻訳を手掛けており、東京文化会館・舞台芸術創造事業における人形劇俳優・平常(たいらじょう)の「ハムレット」や「サロメ」の翻訳協力、バルセロナ交響楽団来日ツアーでの専属通訳など、舞台芸術の分野にも携わる。
翻訳者はアーティスト
── 今回のSBBのラインナップは、活動歴も長くすでに何度も海外に紹介されているカンパニーから、比較的新しい団体の小さな劇場で上演された公演まで含まれています。特に後者は“まさに今の日本が醸し出すニュアンス”や“未整理な代名詞”といったものが多く、その再現を心配していました。でもガイドラインの頻繁な更新や台本の読み込みなどを聞き、かなり踏み込んだ作業を経て、そこが再現されていると感じました。
副島 最初に新田君が話していましたけど、誰にどの作品を割り振るかがものすごくポイントだったと思います。フランス語のチームには、翻訳もやりつつ日本研究をしている人が何人か入っていたんですけれども、戦前の日本研究をしている人だったら「この時代の作品がきっと合うな」とか。言葉遣いに関しては「日本に長く住んでいるから、今のフランスの若者文化にはおそらく詳しくないだろう」と判断したり。資料をいただく前からリストと睨めっこしていましたね。あと、漫画の翻訳をやっている方だと、短い言葉でサクッと訳せる方が多いので、そういうことも考えたり。優秀な翻訳者さんは早くからスケジュールを押さえる必要があるので、配信の時期がズレると慌てました(笑)。
山縣 作品との相性って、翻訳者のモチベーションに大きく関わってくるので本当に大事ですよね。内容の好みや、専門的にそれぞれ得意な分野などもあるし、わーわーうるさい作品を嫌がる人もいたり(笑)。
新田 最初に美礼さんも言っていましたけど、翻訳者の皆さんもアーティストですよ。唯一の正しいルールや絶対的な正解が無い翻訳をやっている時点で、そうなのかもしれません。
中園 スペイン語も同じです。実際、何回か問題が勃発したんですけど、特に印象的だったのは、清水邦夫さんの『楽屋』(unrato)です。あの戯曲は、チェーホフやシェイクスピアなどいろんな作品からの引用がありますよね。そこに関して、当然、昔出たスペイン語の翻訳があるわけで。今回、それは使わないで自分たちの翻訳を使うことにしたんですけど、それについて、3人いる翻訳者のうちふたりから「昔の戯曲からきちんと引用しないやり方なら、自分は請けることは出来ません」という理由で断られてしまって。結局、残るひとりがやってくださったんですけど。そういった、どこにどういうプライドやこだわりを持っているかは、続けるうちにわかってきました。
YouTubeと字幕と翻訳者
山縣 中園さんがおっしゃっていること、たぶん英語もそうだったんですけど、今回、翻訳者の皆さんが自分の名前がYouTubeのクレジット欄に載ることへの意識が非常に強いと感じました。最初は「え、そんなに気になる?」と戸惑ったんですけど、考えてみたら名前があそこに載るのは、ほとんど永久に、そして世界中に広まることで、自分が字幕全部の責任を引き受けているというサインなんですよね。だからカンパニーが「英語として多少おかしくてもいいからこうして欲しい」と言ってきた時にすごく抵抗する気持ちもわかります。その表現が自分の翻訳だと捉えられかねないですからね。
副島 私はよく演劇の舞台上に映す字幕を発注しているんですけれども、YouTubeの字幕と大きな違いを感じました。生の舞台は、やっぱりその時のパフォーマンスを優先して観てほしいので、字幕をギリギリまでシンプルにする傾向があります。また大きな舞台の字幕は、お客さんの視線が大きく動いてしまうのですが、YouTubeは比較的小さな画面で観るから、パフォーマーが行なっていることと字幕との視線の行き来が少なくて済む。だからリアルの舞台よりも長めの字幕を表示することが出来て、そこがすごく大きな違いだと感じました。生の舞台よりも、字幕とパフォーマンスの親和性があるというか。
山縣 YouTubeと言えば、『刀剣乱舞』がアップされて3日で20万回近く再生されて、コメントが海外からもめちゃくちゃたくさん来ていて、改めて人気に驚きました。
新田 『刀剣乱舞』、公開されてまだ3日ですけど、私の個人のインスタのアカウントに、中国の『刀剣乱舞』ファンからの友だち申請が5件来ました。「翻訳が良かったです」って(笑)。
山縣 私もツイッターで「翻訳しました」と書いたら130件くらいリツイートされました。そんな数の反応は初めてです(笑)。
新田 2.5次元の演劇は日本特有の文化ですよね。コロナ以前は海外からわざわざ2.5次元の舞台を観るために日本に来るお客さんが結構いたと聞きました。そのお客さんたちは、以前はビジュアルとか全体の雰囲気しかわからなかったが、今回のYouTubeで、自分がわかる言語に訳されているのがすごくうれしいということです。
山縣 コメントが「ありがとう、ありがとう」って感謝ばかりで。
中園 感謝も多くてうれしいですけど、「ここの訳が違うんじゃないか」という指摘もありました。ファンの皆さんの思い入れ、知識がすごいんだなと改めて感じました。
山縣 『刀剣乱舞』で英語の翻訳者として注意したのが、「ご主人様」と「主(あるじ)」という表現です。それらを「master」と訳してしまうと奴隷制度を喚起させるから「master」という言葉は使わないという決断を英語チームはしました。日本だと何となく、「萌え」だったり「推し」文化の中で良しとされているものが、海外基準だと社会的に差別や蔑視と見られるのでセンサーシップをこちらで入れました。世界に見られることを想定して、言葉や表現を選ぶということも翻訳コーディネーターとしての大事な仕事でした。主催団体は最終的に理解してくれました。
『おやすまなさい』のYouTube配信画面から。
副島 意外な反応をもらった話で言うと、『おやすまなさい』(シガール姉妹)をお願いしたのがフランス人の方なんですが、準備のために1度、リビングで映像を流して観た時に、10代でふだん演劇に興味のないお嬢さんが横に来て最初から最後まで観たと。演劇の配信というと、舞台上をカチッと撮ったものだと思っていたのが、小さなギャラリーでやっていて、あの通り不思議な世界観で不条理で、それをお嬢さんが「めちゃくちゃおもしろい」と言っていたのが母親としてびっくりしたというメッセージが送られてきました。そういう意味では、まだ自分が何を好きかわかってない層、演劇に先入観を持って毛嫌いしている世代の人たちに、舞台にはこんなにいろいろな形があるとわかってもらうきっかけになると思いました。
── それはある意味、理想的ですね。そういうところから「こんな演劇、他の国にはない」という第2のチェルフィッチュが発掘されたらと、つい、夢想してしまいます(笑)。
新田 今回、私個人が良かったと思っているのが、小さい団体も大きい団体の中も、若い団体もマスターたちの団体も、スターティングポイントが同じという点です。日本のカンパニーの海外公演となると、規模が大きいとか助成金が取りやすい団体に絞られて、そういう人たちが「日本の演劇の代表です」と紹介されます。台湾だったら青年団とか野田秀樹さんの作品とかですね。だから日本の小劇場演劇やダンス作品を生で観ることはほとんど出来ません。このプロジェクトはいろいろなラインナップが同じスターティングポイントにいて、観客が自由に選べて楽しめる。そこがすごく良いですよね。
山縣 でもまだまだ紹介出来そうな作品はいっぱいあると思うし、翻訳ももっとやっていけるといいですね。英語チームの人たちもこんな大変だったのに「ねえ、これ続くの? 続けようよ」と言っています。
中園 スペイン語も同じです。「大変だけどまたやりたいね」とみんな言ってます。
副島 フランス語は、全員じゃないけど(笑)、「まだやりたい」という意見が多数です。
新田 皆さん、ちょっと待って。私はちょっと疲れたので、少し休憩もらいたいです(笑)。
構成:徳永京子
(2022年2月23日収録)