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『球体の球体』|池田亮(脚本・演出・美術) インタビュー

インタビュー

2024.09.13




今回のキャスティングは、
造形物とコミュニケーションが取れる人を軸に考えました。


多くの人は、無意識のうちに線を引いている。過去/現在/未来、親/子、加害者/被害者、体験/空想、舞台の上/客席──。池田亮はその感覚が人より薄い気がする。そして線の隙間から別の何かを引っ張り出したい欲求が強いと感じる。作・演出を務める団体ゆうめいでは、自身が受けたいじめや、実父をキャスティングした家族の歴史などを題材にした作品で、実体験とフィクションの線を溶かし、人間の内にある複雑な層を見せてきた。今年度の岸田國士戯曲賞を受賞した『ハートランド』では、VRやネットをモチーフに加え、バーチャルと現実の線を溶かして多様な救いの形を提示した。また前作『養生』では、舞台と客席の線を曖昧にして観客の身体感覚を刺激した。新作『球体の球体』では、演劇/美術、身体/物体、希望/絶望の線を溶かす野望が詰まっているように見える。


── 今回の物語は、今から35年後の架空の独裁国家が舞台です。その国の大統領になった日本人男性が就任のいきさつを回想していく中で、人間の命や芸術の意義などの問い直しがなされます。そこにカプセルトイ、いわゆるガチャガチャが重要な役割で出てきますが、着想はどこから?

池田 コロナ禍で公演ができなくなった時に、演劇の人たちがいろいろアイデアを出しましたよね。友人の劇団のウンゲツィーファは、希望者に郵便を送って、受け取った人が封筒に入っていたQRコードを開いて自宅で演劇を体験できるようにしていたんですけど、自分も何かしようと思って始めたのが、造形物をつくることでした。今までは体験を物語にしていったんですけど、モノからストーリーが生まれるという流れを考えたんです。モノ自体が演技をするし、それを装着した人も演技できるというような。それでつくったのが指輪で、銭湯にある温水・冷水の蛇口を指輪にしたら、メーカーの人にウケて、カプセルトイになったんです。

── Twitter(現X)でも話題になりましたね。ヒットしたとうかがっています。

池田 はい。いろんな場所に広がって、海外からも連絡が来ました。全然知らない言葉で「欲しいです」ってメールが来て、自分のつくった物がまったく知らない場所に行く不思議な気持ちを体験しました。

── ちなみにどこの国の人から連絡が?

池田 イギリス、オーストラリア、韓国、台湾……、結構いろいろな国から来ました。印象的だったのは、水栓メーカーか水道の工場を経営しているという人から「結婚式用のペアリングにしたいから、今すぐ欲しい」というメールが来て、その時ちょうどソールドアウトで、そんなに簡単につくれないんですけど、メーカーに聞いてみたら「そういうこと言って仕入れて、高値で売ろうとする人もいますよ」と言われたんですけど、特別に送ったんです。けど、なんの返事もなかったんですよ。せめて「ありがとう」ってあってもいいのに、これはやられたのかなと思っていたら、数ヵ月後にメルカリであやしい日本語のメッセージ付きのを見かけて「あれ?」って(笑)。

── まさに、ものから物語が生まれていった例ですね(笑)。

池田 その指輪を発表してすぐSNSに投稿した時に届いたコメントもおもしろかったんです。「この指輪で結婚式をしたら、冷たくなったら温める関係が生まれるね」とか。自分では思いつかなかった詩的な言葉がたくさん書かれていて、「ああ、人は造形物からこんなにも言葉を生み出せるんだ」と、すごく刺激されたんです。そしたら偶然にも、ソーシャルゲームから「親ガチャ子ガチャ」ってワードが広まったりして、連想ゲームじゃないですけど、そういう言語を繋げて、世界を広げていくように作品をつくっていこうかなと思っていきました。

── そのイメージは舞台美術にもダイレクトに反映されていますね。

池田 そうですね。普通だったらガチャガチャって横に並んでますよね。縦だとしても、せいぜい3段とか4段とか。それがすごい高さに積んであるという画(え)が、この話をつくろうと思った最初の時点でまず浮かびました。手の届かないところにある、回せないガチャガチャ。でも、届かないと思っていた場所が回せる場合もある──。もともと僕は彫刻やインスタレーションもつくっていて、飴屋法水さんの『パブリックザーメン』という作品に衝撃を受けて、身体と造形にまつわる作品もたくさんつくっていたこともあって、ガチャガチャのタワーの中に生命の源が入ってる彫刻作品を思いついて、ぜひそれをつくりたいと。



── ここ数作は専門の方に舞台美術を依頼されていましたが、今回は久々にご自身で美術を担当されます。最初のイメージの再現度の高いものが実現しそうですか?

池田 再現度はかなり高いです。お客さんが観た時に「ああ、あそこで切れてるのね」と思わないようなところまでと、無理を言って、灯体(劇場の照明が吊るされている場所)の上までお願いして。シアタートラムを突き抜けて、キャロットタワーの上まであるくらいの想定です(笑)。

── 本来の役割を果たせない回せないガチャガチャ、バベルの塔のようにそびえ立って生命の源が入っているガチャガチャは、それだけで現代アートになりそうです。

池田 金沢21世紀美術館で展示したいなとか、ちょっと思います(笑)。ガチャガチャはもともと、クラックトイという名前で、泣いている子供をあやすためにアメリカで生まれて日本に入ってきたんですけど、今は日本でだけ異常に流行っているようなんです。『球体の球体』というタイトルも、平らな丸形のコインから立体の球体ケースになるというイメージがまずあって、彫刻と演劇が空間の中で同時進行で立ち上がっていく過程と重なっています。

── 彫刻を本格的に勉強した池田さんにとって、造形物を単体で見てもらったり体験してもらったりするのと、それを演劇作品にする違いはなんでしょう?

池田 彫刻作品は最初から最後までひとりでつくるイメージです。大きな作品になれば人の手も借りるんですけど、自分が「これだ」と決めたものをつくるのが彫刻。演劇はたくさんの人が関わってくれるじゃないですか。その過程で、自分が「これだ」と決めたものがどんどん揺り動かされて、それがすごく楽しいんです。最初に考えたのと違うことになる楽しさを享受していくほうが、すごく自分のためになるし、お客さんにもきっといい。彫刻と演劇の違いはそこで、自分の中では両方やり続けたい思いがあります。今回、演劇をつくろうというところから始まって、次に彫刻、そしてまた演劇というルートをたどっているんですが、空間の真ん中にガチャガチャの塔があるイメージは明確で、その周りにフワフワしたものが付随してきた感じなんです。そのフワフワした部分は、いざクリエイションが始まって、キャストをはじめいろんな人のアイデアを聞くと、やっぱりよりおもしろい形になってきたなって思いますね。

── 出演者の皆さんについて伺います。新鮮な顔ぶれですが、キャスティングはどんなことを基準に?

池田 今回は、身体とモノの関係というか、造形物とコミュニケーションが取れる人というのを軸に考えました。造形物から入った作品なので、モノに対する動きだったり、モノとなんらかの関係性が広がっていく人に出てほしいなと。それと僕はいつも、当て書きじゃないですけど、その人を事前にたくさん観て(戯曲を)書くんです。他の出演作を観てその一部を役に落とし込んだり、逆に遠いところを設定したり、どちらにしても、役の一部と本人がなだれ込むように繋がってくみたいな感覚を大事にしたくて。だから今回も、事前にキャストの方々を研究してから役と合わせています。

── 研究というのは具体的にどういうことでしょう?

池田 YouTubeで、相島(一之)さんは『ハートランド』(昨年のゆうめいの出演作)、新原(泰佑)さんはTverの『25時、赤坂で』、前原(瑞樹)くんは玉田企画に出ていた時の映像を、小栗(基裕)さんはs**t kingzのインタビュー映像を、4つのタブを用意して同時に流してみたんです。

── それ、すごいですね。まったく違う作品の4画面を同時に再生したわけですよね(笑)。その結果……。

池田 今回の4人は行けると(笑)。

── さっきのお話の“造形物と身体のコミュニケーション”について、もう少し詳しく教えてください。

池田 地球上にいればいろいろなモノとの関係があると思います。何があった時にどんな影響を受けてどう変わっていくか。それはもちろん誰にでもあるんですけど、今回の俳優の皆さんはすごく敏感というか。それぞれ独特な部分と似ている時もあって、その掛け合わせがおもしろい。そこが(キャスティングで)一番重きを置いた理由になっていますね。

たとえば、新原さんが後ろを見て話すシーンがあるんですが、その時、前を向いている時よりも伝わってくるものが大きかったりするんです。それと僕は今まで、後ろを向いて話す時は後ろ姿で何かが伝わるのかと思ったんですけど、彼は後ろを向くまでの時間がすごく印象的で、その大切さに気付かされました。周りの人たちとの関係性も、黙っていても止まっているだけじゃない時間を感じて生きている気がして、すごく魅力的だなと思いました。

小栗さんはダンスをしている映像を観ていて思ったんですけど、体だけじゃなくて心の奥のほうで何か動いているんです。本人と話していても、何か考える時に、体と同時に心の中の何かが動いていて、それが見えにくいかと思いきや、動いた瞬間に見えてくる。それと驚くのが、周りに向けている視野がすごく広い。

相島さんは、ホログラムの大統領として登場してもらうんですけど、この話の全部を少し遠くから見ている感じがご本人とぴったりで。それと『フォートナイト』の話がせりふに出てくるのは、相島さんのお子さんがハマっていて、『チェンソーマン』や『にゃんこ大戦争』にも詳しいのを『ハートランド』に出演してもらった時に聞いて、東京サンシャインボーイズという伝説の劇団にいた人が新しいものを取り入れているのが、すごくかっこいいと思って。かつ、それを表現しているところに観客として感動するし、もっとたくさんオーダーしていきたい気持ちに駆られるんです。

それは前原くんにも言えることで、彼の、場所に溶け込む力がものすごく強いし、溶け込んだ中で個性的に光るところがある。今回は、前原くんに今までオーダーできなかったことをお願いしようと思っていて、それこそ真ん中に立っている彫刻作品じゃないけど、そんなふうに存在する可能性があるんじゃないかなと思っています。



── 前作の『養生』で好評を博した、観客が舞台上を通って客席に座る動線を、今回も採用されるそうですね。

池田 『養生』は『テラヤマキャバレー』と同時進行していて、『テラヤマキャバレー』とはまったく違うことをやらなければならない意識が強く働いて、と同時に、どこかしら繋がっている点も描こうと思ったんですけど、違いの部分で考えたことでした。あの作品の中でも描いたように、美大時代の自分は、彫刻家として売れたいけど材料の石を買うお金がなくて、ギリギリの予算の中で、来てくれるお客さんを早く登場人物たちと同じ世界に入ってもらおうと考えた結果です。そういう意味では好評で良かったのと同時に、みんなもやっぱり思うところがあって良かったなって。今回はギャラリー会場が話の舞台なので、お客さんもそこに来場したような気持ちになってもらえたら。

── 最後に、今年受賞された岸田國士戯曲賞についてお聞きしたいです。

池田 嫌味に聞こえてしまうかもしれないですけど、自分が獲るとはまったく思っていませんでした。一緒に候補になった何人かはノミネート作品を実際に観ていて、どれもすごくおもしろかったんです。それに近しい人たちと話した時に、「別の方が受賞したほうがいいんじゃないの?」と、ある候補の方々の名前を言われて。「なにそれ、応援してよ」と言ったら、「応援はしてるし、個人としては池田に奪ってほしいけど、その方々が獲ったほうが広く話題になるだろうから、演劇界全体のことを考えたら、そっちのほうがいいんじゃないか」と返されて「確かにそうだな、作品もおもしろいし、話題性もあるし」と、納得した感じだったんです。逆に、もし自分が獲っちゃったら、その重みの責任を取らなくちゃいけないなと、勝手に自意識が強くなっていました。

── 今回の作品が受賞後初ですから、責任を取る意識が反映されているんでしょうか。

池田 その気持ち、強いです。「え? 誰、池田って?」と思った人に「ガチャガチャでこういう指輪をつくったことあります。世界規模で話題になりました。演劇でもこういうことをやって頑張っています」と胸を張って言えるように気持ちを込めて稽古を進めています。


取材・文:徳永京子