演劇最強論-ing

徳永京子&藤原ちから×ローソンチケットがお届けする小劇場応援サイト

【連載】ひとつだけ 徳永京子編(2015/10)―『室内 Intérieur』

ひとつだけ

2015.09.30


あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?


2015年10月 徳永京子の“ひとつだけ” 『室内 Intérieur』

shitsunai
【撮影:三浦興一】

 一昨年、SPAC(静岡県舞台芸術センター)の楕円堂で観た『室内』から、私はまだ抜け出せていない。拍手をして劇場の外に出て2年経つが、『室内』の時間を思い出すたび、意識の一部をあそこに置いてきたままのような、あるいは、体の一部がまだつながったままのような感覚がある。
 SPACは、東静岡駅近くに建つメインの劇場と、そこから車で15分ほど山中に入った舞台芸術公園によって構成させていて、楕円堂は公園内にある屋内劇場で、『室内』はその地下で上演された。靴を脱いで階段を降りてたどり着くブラックボックスの劇場は、いつも特別な緊張感を感じさせるが、『室内』のそれは別格だった。空間全体にたっぷり闇と無音が染み込んでいて、椅子に座るともう、ひたひたと全身がつかっていくようだった。
 演出のクロード・レジがもたらした、針の先も光らしきものはない深い闇と、その暗さとぴったり一致する静けさ。それは完全にコントロールされたものでありながら、確かに細胞が知っている原始的なものであり、知性と結びついた神聖なものでもあった。やがて、物語が進むにつれて深い闇はゆっくりと薄明へと変わり、動いていると認識できないほど遅々とした俳優の歩みはいつの間にか瞬間移動に見えるようになり、最初はほとんど聞き取れなかったせりふは耳に染み込んでくるのだが、それはつまり、光と闇、動きと静止、音と静謐の境界線を漂う時間でもあった。あんなふうに自分の神経が研ぎ澄まされた経験は、いや、自分自身が神経になった経験は、後にも先にもあれきりだ。
 あまりにも魔術的で、また、一昨年の時点ですでに90歳だったレジの体力を考えると、2度と観ることはないと思っていたその『室内』が、思いがけず再演される。KAATでの公演もSPACでの公演も前売りは完売とのことだが、何とか当日券を手に入れて観てほしい。劇場は人工の建造物だが、なぜだか人間が、自分がかつていた場所やこれから行くところと自然にアクセスできるひとつの中継地点であることが、最高の形で理解できると思うから。私はそれを確かめに、もう1度観る。
 闇や無音という演出面ばかり強調したが、メーテルリンクの戯曲が意味がないということは全くなく、闇に溶けた光やくぐもって聞こえる声は、水にまつわる悲劇的なストーリーとシンクロしている。
 初演からこの再演の間に、フランスのアヴィニョン演劇祭をはじめ、ヨーロッパのいくつかのフェスティバルを回り、絶賛されたこの作品が、レジが日本人俳優とつくり上げた日本語版であることも、価値あることとして最後に付け加えておきたい。

2015/10/2[金]19:30、10/3[土]14:00★、10/4[日]14:00 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
 ★終演後、クロード・レジ(演出)と宮城聰(SPAC芸術総監督)によるアーティストトーク有。
 Ustreamにて中継有。視聴はこちら⇒http://www.ustream.tv/channel/qULYenPfYL7/

2015/10/10[土]18:00、10/11[日]18:00 静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」

≫公演情報はこちら

演劇最強論枠+α

演劇最強論枠+αは、『最強論枠』の40劇団以外の公演情報や、枠にとらわれない記事をこちらでご紹介します。