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【連載】ひとつだけ 徳永京子編(2016/4)― モダンスイマーズ『嗚呼いま、だから愛。』

ひとつだけ

2016.04.1


あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
  
2016年4月 徳永京子の“ひとつだけ” モダンスイマーズ『嗚呼いま、だから愛。』
2016/4/22[金]~5/3[火祝] 東京芸術劇場シアターイースト

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 これまでもいくつかの媒体で「来月/今月/今週末に舞台を観るなら」という主旨の文章を書いてきたが、自分が選んだその1本が、もしかしたら演劇嫌いを誕生させてしまうかもしれない、という緊張感と責任感は忘れずにきたつもりでいる。
 そんなことは当然で言わずもがなだけれど、では何を基準におすすめを選んでいるのかを、改めて書いておこうと思う。

 演劇には、映画の試写会や音楽の試聴盤にあたるものがない。だから事前に作品の内容を確認することはできず、ほとんどの場合、確信をもってクオリティを保証することができない。再演はそれができるという言説があるが、完全な再現が不可能なメディアである演劇にとって再演の意義は“より良くなること”だろうし、すすめる相手がそれを観たことがないのなら、こちらがその作品を過去に何度観ていようと、相手のリスクは大して変わらないのである。「その舞台を1度観ている」という事実は、大切ではあるけれども、あくまでもすすめる側の安心材料だ。すすめる、すすめられるという関係が──試写会のある映画や視聴盤のある音楽でさえも──安定した取引になることはない。

 それでも「この舞台をすすめます」と書く根拠は、過去の作品から得たつくり手への信頼だ。時にそれは完成度だけでなく、伸び代だったり、懸命に伸ばしている手の先にあるものの大きさを、もしかしたらその舞台を観てくれる誰かと共有したいからだったりする。
 そこでモダンスイマーズの新作『嗚呼いま、だから愛。』だ。作・演出の蓬莱竜太は、演出家なら栗山民也や行定勲、宮田慶子、俳優なら井上芳雄、YOUらから厚い信頼を寄せられ、いわゆる“外の仕事”が成功している劇作家だが、やはり神髄が存分に発揮されるのは、所属する劇団なのは間違いない。

 特にこの作品は、『死ンデ、イル。』(2013年)、『悲しみよ、消えないでくれ』(2015年)に続く三部作の締めくくりになるという。何の三部作かと言うと「理不尽な死」を巡る物語の。
 『死ンデ~』は東日本大震災の被災者となった女子高生が主人公で、鋭くも仮設住宅に充満する──悲劇ではなく──倦怠を描いた(余談だが、この作品を観たハイバイの岩井秀人氏は「こんなにリアルな空気をストレートプレイでやられたら、かなわないよ」と感想をもらしていた)。『悲しみよ~』は雪崩によって妻を失った男が主人公で、悲劇の名に隠れて進行するだらしない男女関係や金銭問題が描かれた。そして新作『嗚呼いま、だから愛。』は、昨年フランスで起きたテロが執筆の引き金になっているという。だがプレスリリースに大文字で書いてあるのは「テーマはずばり、セックスレスの話です」という一文。もちろん舞台は日本で、テロが作品の中で直接的にフィーチャーされることはない。それでも蓬莱は、この作品の中でふたつは強く結び付いていると言う。
 その謎は実際に観て解くとして、興味深いのは、理不尽な死との距離と、蓬莱の描こうとするものの距離が反比例していることだ。災禍の起きる場所は作品ごとに遠くなっているのに、蓬莱の筆はむしろ肌へと向かっている。多くの人が災禍を、忘却か美化で仕分けすることがはっきりしてしまったこの国で、その現象はもしかしたら、限られた劇作家が本能的に持つ誠実さではないかと思うのだ。なぜならセックスレスとテロが同根の問題だという舞台を観たら、どちらも他人事でないと感じる考察ができるかもしれないから。

 劇団員の他、奥貫薫、太田緑ロランス、はえぎわの川上友里が出演する。強く華やかでしなやかな女優が揃った。モダンスイマーズの俳優も、おそらくこれまでと違う生々しさを求められることだろう。この期待をもって、私の今月の「ひとつだけ」はこれです。

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モダンスイマーズ

舞台芸術学院での同期である西條義将(主宰)と蓬莱竜太(作・演出)の出会いによって発足。劇団メンバーは、同学院の古山憲太郎、津村知与支、小椋毅と生越千晴(新人)の6名で構成されている。人が生きていく中で避けることのできない機微、宿命、時代性を作家の蓬莱竜太が描いていく。作品ごとに全く違うカラーを提示しながらも多くの人々を惹き付けるドラマ性の高さには定評がある。丁寧に創りあげる演技空間は体温を感じさせ、機を衒わない作品はいつも普遍の力を宿している。最近稀になってきた“劇団力”も評価され、その結束力も魅力の一つである。 ★公式サイトはこちら★