【連載】ひとつだけ 徳永京子編(2015/8)―庭劇団ペニノ『地獄谷温泉「無明ノ宿」』
ひとつだけ
2015.07.19
あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
2015年8月 徳永京子の“ひとつだけ” 庭劇団ペニノ『地獄谷温泉「無明ノ宿」』
2015/8/27[木]~30[日]森下スタジオ・Cスタジオ
※8/20[木]~24[月]本公演に先行した特典付きの「お得に楽しむ会」もあり。
***
庭劇団ペニノ、2年4ヵ月ぶりの新作。それだけで「行かなければ」と足が疼くが、過去作品に多く見受けられたヨーロッパ的な気配が微塵も感じられない純日本的タイトルだけでなく、どうやらさまざまな意味で、本作は新しいペニノを予感させる。
前作からこんなに時間が空いたのには、2つ理由が考えられる。ひとつは、ペニノの発想、創作、発表が距離なく結びついていたアトリエはこぶねが無くなったこと(タニノクロウが住んでいた部屋をDIYで改築、完成させたアトリエは、マンションの建て替えのため2012年にやむなく閉鎖となった)。もうひとつは、タニノ個人がドイツのクレーフェルト=メンヒェングラートバッハ公立劇場から作品創作の依頼を受け、戯曲の執筆と、約2ヵ月に渡る滞在で演出に取り組んでいたこと。
前者についてはマイナスの影響がまだ続くかもしれないが、後者の経験は、タニノにかなりポジティブでエポックな変化をもたらしたらしい。それは、6月3日に行なわれた「タニノクロウ パブリックトーク〜ドイツ公立劇場でのレパートリー作品の制作をめぐって〜」(アーツカウンシル東京と合同会社アルシュが主催)で聞くことができた。
東日本大震災を題材にしたひとり芝居、という劇場からのオーダーにタニノが応答した『水の檻』は、東日本大震災と福島第1原発の事故にショックを受け、自分を日本人だと思い込んだドイツ人男性の物語だが、演じる俳優だけでなく、舞台美術家も劇場の指定だった。そして出会った若きドイツ人クリエイター、カスパー・ピヒナーとの時間をかけたコミュニケーション(タニノいわく、お互いに不十分な英語で交わし続けた会話は「自分達以外はきっと理解できない英語だったと思う」)に収穫があったと言う。詳細は省くが、その結果、タニノがこだわり続け、自ら手がけてきたペニノの美術セットと小道具を、『地獄谷温泉「無明ノ宿」』からは完全にプランナーに任せることができたのだそうだ。また、これまでは稽古しながら戯曲を書いていたのが、事前に戯曲を書き上げ、各プランナー、俳優と内容について話し合い、新鮮な喜びを感じていると言う。
それではタニノの世界観が薄れるのではないかと心配する向きもあるかもしれないが、トークの現場にいた感触で言えば、それを上回る楽しさと刺激をタニノが獲得し、作品にいい空気をもたらすと受け取れた。
変わったタニノと変わらぬペニノを、早く確かめたい。
≫公演情報はこちら