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【連載】ひとつだけ 藤原ちから編(2017/11)― 岡崎藝術座『バルパライソの長い坂をくだる話』

ひとつだけ

2017.10.26


あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?

2017年11月 藤原ちからの“ひとつだけ” 岡崎藝術座『バルパライソの長い坂をくだる話』
2017/11/3[金祝]~11/5[日] 京都・京都芸術センター講堂



人は何のために作品をつくるのだろうか。何のためにそれを観るのだろうか。

KYOTO EXPERIMENT2017(京都国際舞台芸術祭、略称KEX)でスン・シャオシンとのトークを終えて、彼の座組の打ち上げにお呼ばれし、烏丸錦にある清水家の座敷に上がって大いに酒を呑んだ。京都芸術センターのすぐ近くだから、京都で演劇かダンスに携わる人なら大体知っているはずの店だ。打ち上げではほとんどの会話は中国語で行われ、わたしも含めてそれが話せない数人のために日本語と少しの英語が使われた。驚いたことに、いつの間にか清水家ではまさかのタッチペンによるハイテクな注文方式に変わっており、戸惑いのためにいくつかの注文ミスも生じたのだが、店員は嫌な顔ひとつせず、この異邦人の宴を温かく見守ってくれた。ところが途中で「あのう、すみません、あちらの席のお客さんが……」と言うので、あれ? 苦情でも来ちゃった? と思ったら、「あちらの席のお客さんが中国語しか話されなくて英語も通じないので、どなたか通訳していただけませんか……?」と頼まれた。通訳&制作者をしている呉珍珍が受ける流れになりそうだったが、それはやめとこう、とわたしは制止した。通訳が、打ち上げで夜遅くまでずっと通訳をしなければならない、という状況はこの業界ではよくある悪しき慣習だが、その負担はできるだけ軽減したい。そこで代わりに、KEX事務局にインターンとして台北から来ているコウさんにお願いしたところ、快く引き受けてくれ、彼女のヘルプによって「我々」も何かこの店に貢献できた気がした。そして最終的には清水家の店員さんとも一緒に記念写真を撮って、楽しく解散した。すると、店の前で外国人風の男女が清水家に入ろうかどうしようかと迷っている。なんとなく目が合い、男が「この店には刺し身しかないの?」と英語で尋ねてくる。いや、焼き魚も焼き鳥もあるし、オススメですよと伝えると、女のほうが「じゃあ、あなたのオススメに乗るわ!」と喜んで2人は店に入っていった。どこから来たんですか?と背中に声をかけると、女は振り返り、「スペイン。彼はアルゼンチンだけどね」と言った。アルゼンチンか。そう思って、わたしは彼の背中をあらためてもう一度見た。

……こんな話は演劇には関係ない戯言だろうか? でも少なくとも、近年の神里雄大(岡崎藝術座)の演劇には関係大アリだとわたしは感じている。単一の国、単一の言語、単一の民族、という「想像の共同体」を物理的にも想像力としても抜け出して、旅に出るということ。『+51 アビアシオン,サンボルハ』にしても、『イスラ!イスラ!イスラ!』にしても、神里雄大が実際そうすることによって生まれた作品だと思う。地を這うことと翼を持つこと、その双方が絡み合うことによって初めて生まれる作品群なのだ。彼は最近まで1年間、アルゼンチンのブエノスアイレスに滞在していた。といってもずっとブエノスアイレスにいたわけではないだろうから、南米にいた、とざっくり言ってもいいのかもしれない。彼は自身の地縁・血縁的なルーツをたどることでペルーやパラグアイを題材にした作品をすでにつくっているが、わたしは南米には行ったことがない。そしてわたしは根本的に南米というものをおそらくまるで理解していない。もちろん最低限の情報、例えばアルゼンチンやブラジルの植民地時代における宗主国がどこの国だったか、という程度は知っているので、さっきのスペイン人の女がアルゼンチン人の男と一緒にいても不思議ではないとは思った。けれども思い返してみると、彼女はあくまで「スペインから来た。そして彼はアルゼンチンから来た」と言っただけであって、それが国籍なのか生まれを指すのかはわからない。世界にいる60億人のうち、複雑なアイデンティティを持つ人たちの割合がどれくらいなのかわからないが、少なくとも言えるのは、人は移動することをやめないし、血は混じり合うという事実である。旅をするということは、そうした複雑なアイデンティティの絡み合う糸を、たどって、たどって、そして時にはぐーっと飛び越えて別の世界へと越境する、ということではないだろうか。岡崎藝術座の作品からは、そのような〈旅〉の痕跡を感じる。

ところで、『アビアシオン~』は自伝的・ドキュメンタリー的な色彩が強く、『イスラ!イスラ!イスラ!』は寓話的・フィクション的な作品であった。今度の新作『バルパライソの長い坂をくだる話』がどちらの方向性に振られるのかはわからないが、ひとつの大きな挑戦は、これがアルゼンチン在住の俳優たちによってスペイン語で上演される、ということだ。だから観客は、日本の劇作家の書いた戯曲を、日本語字幕で読むことになる。……いや、日本の劇作家、という言い方にも疑問はある。今は2017年だが、20年後くらいには、もはや誰もそんな言い方をしないかもしれない。拠点としている都市の名前を便宜的に冠して、「マニラのJKアニコチェ」とか、「シンガポール/ベルリンのチョイ・カファイ」とか、「京都/横浜の木ノ下裕一」とか、「東京/小豆島の柴幸男」とか、そういう言い方はするかもしれないが、「日本の神里雄大」とは、たぶん、もう誰も言わない。


≫ 『バルパライソの長い坂をくだる話』 公演情報は コチラ

岡崎藝術座

2003 年、演出家・作家の神里雄大の演出作品を上演する目的で結成。南米の照りつけるような太陽のイメージや色彩・言語感覚、川崎ニュータウンの無機質さが混在する作品を創作し、独自の存在感を持つ。2006 年『しっぽをつかまれた欲望』で第 7 回利賀演出家コンクール最優秀賞演出家賞受賞。フェスティバル/トーキョー(2010-2012,東京)やTaipei Arts Festival2012(2012,台湾)など国内外のフェスティバルで公演を行なう。『ヘアカットさん』(2009)、『(飲めない人のための)ブラックコーヒー(2013)が 岸田國士戯曲賞最終候補にノミネートされた。 ★公式サイトはこちら★