【連載】ひとつだけ 藤原ちから編(2016/7)― 横浜ボートシアター『恋に狂ひて』
ひとつだけ
2016.07.7
あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
2016年7月 藤原ちからの“ひとつだけ” 横浜ボートシアター『恋に狂ひて』
2016/7/1[金]~7/10[日] 神奈川・KAAT 神奈川芸術劇場大スタジオ
撮影:斎藤朋
ずいぶん前の話。まだ学生だった頃。
ゼミの合宿に、不思議な人たちがやってきた。演出家とその助手だという。妖しい人だと思った。演出家、とかいう職種の人と接することなんて、それまでなかったから。まるで仙人のような風貌をした演出家は、トランクからたくさんの異形の仮面を取り出した。人や、鳥の顔をしているものは、不気味だが、まだ理解はできる。だが数字……? 29という数字を象ったこの仮面は何だ……?
それから十数年の時が流れた。
ある夜、友人に誘われて、夜の横浜を歩き、やがて一艘の船にたどりついた。繋留されているとはいえ、結構、揺れる。その船の中で、演劇の稽古が行われていた。妖しい場所だと思った。こんな秘密の稽古場を訪れることなんて、それまでなかったから。特異なことがもうひとつあった。彼らは仮面をつけていたのである。人や、鳥の顔をしているものは、不気味だが、まだ理解はできる。だが……あっ、と驚いた。そこには、29という数字を象ったあの仮面があったからだ。記憶が繋がった瞬間だった。
そう、この船は横浜ボートシアターのアジト。横浜の運河に浮かぶ艀(はしけ)を拠点に活動してきたこの劇団は、結成35年。代表作『小栗判官・照手姫』などの仮面劇で知られている。
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今回KAATで上演される『恋に狂ひて』は、説経節の「愛護の若」を原作とする人形劇。継母に恋をされ、様々な苦難に遭ったのちに、やがて自害する美少年の物語である。最後は総勢108人が次々に滝に身を投げるという、救いのない悲劇だ。
さてこの人形、動かないのがポイントで、腕を折り曲げたり、口をパクパクさせたりはできない。だがその、もの言わぬ人形が、様々な表情を見せるから不思議である(実は身体のある一部分だけはとても雄弁に動くのだが……そこは舞台を観てのお楽しみ!)。また音楽・音響はすべて生演奏であり、エレキ三味線(!)をあやつる説経太夫の声が朗々と響くことになるだろう。もちろん、横浜ボートシアターの得意技である、あの仮面たちも登場する。(29、は今回は出ません。)
主宰であり、劇作家・演出家・仮面作成者の遠藤啄郎は、なんと御歳88歳。寺山修司、蜷川幸雄、別役実、鈴木忠志、唐十郎、佐藤信といったアングラ世代より、さらにひと回り上の世代に相当する。
現代演劇は確かに時代と共に洗練され、次々と更新されてきた。その流れはやがて「演劇史」として刻まれるようになっている。しかしきっと、歴史の糸はもっと無数にある。そこから何を受け取り、何をこの先に継承していくか。最近、そのことをよく考えている。
P.S.
すでに7月となり、今回公演を観ました。たくさんの人にぜひ観てほしい、と思いました。当日パンフで遠藤啄郎は、「私より若く、才能にあふれまばゆ」い同業者たち(おそらくアングラ世代の演出家たち)のことに触れつつ、次のように書いています。
「このあといつまでどこまで作品づくりを続けることが出来、皆さんを劇場までお呼びすることができるか、それは誰にもわかりません。だからと言って百才までとはゆきますまい………」
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