【連載】ひとつだけ 藤原ちから編(2016/4)― FUKAIPRODUCE羽衣第20回公演『イトイーランド』
ひとつだけ
2016.04.1
あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
2016年4月 藤原ちからの“ひとつだけ” FUKAIPRODUCE羽衣第20回公演『イトイーランド』
2016/4/14[木]~24[日] 吉祥寺シアター
2016/4/28[木]~29[金・祝] AI・HALL
今から20年前、タレントの石田純一は「文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある」と発言してマスコミから袋叩きにあい、芸能界からしばらく干された。けれども当時、彼の発言にひそかに快哉を叫んだ人は少なくなかったはずで、酒場でよく一緒に呑んでいたある社長さんも、「そもそも不倫ってのは言葉が悪い。浮気のほうが可愛くていい」などと言っていた。山口瞳を愛読している人だった。なんとなくの直感だけど、たぶんこの社長さんは不倫も浮気もしていなかったと思う。
あれから20年。夫の浮気を妻が謝罪する、というシュールな時代になった。男はたとえ浮気がバレても神妙な顔で反省のフリをすれば世間様は比較的寛容だし、うまくすれば愛嬌の足しにすらなる。だけど女はそうはいかない。謎めいた女の浮気はただ恐れられ、忌み嫌われる。社会の秩序を乱すタブーとして。
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4月の「ひとつだけ」はFUKAIPRODUCE羽衣の『イトイーランド』。およそ2年ぶりの新作となる今回のモチーフはまさにその「女の浮気」で、7人のイトイー夫人が浮気をするという設定らしい。イトイー夫人? たぶんフローベールの『ボヴァリー夫人』が元ネタなのだろうと想像される。ほとんど語呂合わせにもなってないけれど。
羽衣は、俳優たちが愛と哀しみを大声で歌い上げる「妙ージカル」と呼ばれるスタイルを貫いてきた。セックスもあけすけに描かれるので、何年か前までは「シモネタが苦手……」という感想も多かったのだが、やがてそうした声もほとんど聞かれなくなった。彼らがやっているのが露悪でもなんでもなく、性愛をとても大切な、人生の伴侶のようなものとして描いていることが浸透してきたのではないかと思う。そしていつしか、彼らの演劇は死の世界にも近づくことになった。羽衣は、暗くてじめっとした性愛と死の世界を、暗くてじめっとしたまま、けれどとびきり陽気にやさしく描いてみせるのだ。俳優たちの力は大きい。個性的な俳優たちをまとめあげているのは主宰の深井順子。とりあえずいろんなものを抱擁してくれる感じのする、だが姉御肌という言葉で片付けるには愛らしすぎるような、珍しいタイプのリーダーである。
「妙ージカル」の肝となる作・演出・音楽を務めるのはもちろん糸井幸之介。さながら現代の吟遊詩人である。彼の書く歌詞やせりふはとてもシンプルで、にもかかわらず人生のあれやこれやを、やさしく、そして力強く歌いあげていく。浮かばれない魂も成仏するだろう。できればあの、不倫よりも浮気が好きな社長さんにも観てほしい。『イトイーランド』の上演時間は2時間30分超え、休憩あり。
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