【配信舞台レビュー】二兎社『ザ・空気』
作品を未来へ。劇場を部屋へ。
2023.02.2
世代の異なる3人の演劇人に、2022年度にEPADが収集した舞台作品の配信可能リストから1本を選び、レビューを書いてもらった。
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社会問題を演劇作品へ。映像で観られる当時の「資料」――二兎社『ザ・空気』
Text:安藤玉恵(俳優)
Twitter:@tamaeando
■演劇は、役者の肉体が忘れがたい記憶をつくる最強のメディア
『ザ・空気ver.3 そして彼は去った…』を劇場で観た時に、シリーズ第1弾の『ザ・空気』から観ていなかったことを後悔した。『ザ・空気ver.3』を観た帰り道、なぜ私はこんなに興奮しているのかと考えたわけだが、お芝居の面白さもさることながら、起こった事件や浮上してきた社会問題を演劇作品として披露するスピードに感激したからだった。ver.3は日本学術会議会員任命拒否問題がトピックスだったと思う。ニュースになってからわずか3、4ヶ月で、演劇作品になっている。そんなことが可能なのか? すぐに連想したのが、おっぺけぺーの川上音二郎(1864〜1911)だった。当然観たことはないのだが、戦争の実況や、時の政権を笑い飛ばしながら批判する芝居、つまり時事ネタを、(おそらくものすごく)スピーディーに芝居にしていた。かっこいい。演劇がそうあって欲しいという私の希望でもある。ニュースは消費されて忘れられていくばかりだが、ちょっと待てよ、そのままにしないぞと、ジャーナリズムが注視し続けることと同じように、舞台上演という形に残し、観客の心にも残す。演劇は役者の肉体の説得力でもって、忘れ難い記憶になれる力をもっている最強メディアだと思うから。
■社会問題に投げかけられた良質な“問い”
『ザ・空気』は、2017年の上演。2016年に当時の総務大臣が、放送局による政治的な公平性を欠く報道が繰り返された場合、電波停止を命じる可能性に言及したことを元にこの舞台は作られている。あるテレビ局が特集を組む。登場するのは特集の編集長・今森、キャスター・来宮、ディレクターの丹下、映像を作る花田。4人は「先の総務大臣の発言、キャスターの抗議記者会見、ドイツの報道のあり方、日本人ジャーナリストが自己規制について証言」という4つ柱で番組を構成する。ヒトラーがニュースの邪魔をしたから、あのようなことが起こったという反省から、ドイツでは放送は国家からの自由が保障されている、一方で日本では、局の経営者が最終的に何を放送するのかを決めているのだが、その経営者が政権と仲良しである、という内容である。しかし、放送当日に、アンカー・大雲が出てきて、構成の一部変更を提案する。上層部の空気を読んだ保守的な変更だが、現場は絶対に「変更はしない」という空気から「変更する空気」へと、変わっていく。今森と来宮が報道規制に反対する熱い思いの裏には、かつての同志・桜木が自殺した経緯があった。恋愛模様、味方の裏切りなど、5人の登場人物の背景もよく描かれている。それが絶妙に絡み合い「あなたは今、どの空気を読んでいますか」という問題がはっきりと浮かび上がる。
終幕は明るくないが、負けて泣く人のストーリーを、遠吠えだと茶化さない。社会問題に対してどういう態度をとるのか、良質の「問い」を投げてもらった気がする。
この作品はEPAD(緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化 支援事業)で、これから新しく配信される演目の一つだ。舞台芸術を映像で見ることにハードルが下がった方も多いと思う。EPADで観られる作品は、自宅で配信で観られるものと、早稲田大学演劇博物館内で観られるものに分かれているが、演劇で語られる「当時」の資料として、または観に行けなかった舞台を「映像でもいいから観たい」気持ちを抑えずに、私は大いに利用させてもらいたいと思っている。
視聴環境:iPad&ワイヤレスイヤホン
撮影:本間伸彦
作・演出:永井愛(二兎社)
出演:田中哲司 若村麻由美 江口のりこ 大窪人衛 木場勝己
2017年
東京芸術劇場シアターイースト他10ヵ所
視聴はこちらから
>>予告編
>>本編
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安藤玉恵(あんどう・たまえ)/俳優。主な出演に、NHK『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』、舞台『命、ギガ長スW』『阿修羅のごとく』などがある。今後の出演は、NHK連続テレビ小説『らんまん』に江口りん役で出演(4/3スタート)。他にEテレ『東京の雪男』(2/4スタート)、『イカロス 片羽の街「豚知気人生」』(監督:枝優花、2/11 U-NEXT配信開始)、映画『波紋』(監督:荻上直子、2023年初夏公開)など。
[インフォメーション]
安藤さんが出演した松尾スズキさんとの二人芝居「命、ギガ長ス(初演)」の映像がEPAD事業で収集され、早稲田大学演劇博物館内で視聴できるようになります。(近日公開)