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【純粋配信舞台レビュー】維新派『トワイライト』

舞台とあう、YouTubeで。

2022.03.20


撮影され、編集された演劇やダンスやパフォーマンスを観てレビューを書く──。ライブ原理主義の人には許せない行為かもしれません。けれども、かつてNHKで放送されていた「芸術劇場」で生涯忘れられない観劇体験をした人は数え切れず、あるいは、学校の部室や図書館にあったビデオやDVDで名作に触れて演劇を志した人も大勢います。それなら映像による舞台作品に評があっても良い。部屋で観て部屋で書いたレビューが読む人を動かせると信じます。

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“ゼロからゼロへ”の完成形。ヘッドホンから流れる音楽が導いた、全体を見渡す視座──維新派『トワイライト』

徳永京子(演劇ジャーナリスト)
@k_tokunaga

配信視聴はこちら( https://www.youtube.com/watch?v=fcYZcMIOI-g )

■“ゼロからゼロへ”の完成形

生前の松本雄吉と言葉を交わす機会に数回恵まれたが、具体的な作品や創作について質問したことはなかった。大阪が拠点の維新派の公演をあまりフォローできていない負い目があったし、それ以上に、対象があまりにも大きいとかえってそれに気付かず、自分の視界に入った部分が全体だと勘違いして理解したつもりになる浅はかさが働いたのだと思う。もう叶うことはないが、『トワイライト』を観た今、松本にひとつ質問する機会がもし得られたら“ゼロへの意識の変化”を尋ねてみたい。

1970年に活動をスタートした維新派は、当初から他にあまり類のない個性が確立され、2017年の解散までほとんどが継続された。俳優は全員白塗り。大正から昭和中期頃を思わせる衣裳。男女の性差を感じさせない、もしくは、性別がわかっても性的な匂いのしない未成熟な身体。自ら「ヂャンヂャン☆オペラ」と名付けた大阪弁によるリズミカルな群唱。ストーリー性は抑えられ、「畦道」「あめんぼ」「路地裏」「十字路」といった単語のリフレインで情景を立ち上げていく構成。懐かしさと異国情緒が混じり合う音楽。そして原則的に野外で上演し、どんなに複雑でも巨大でも美術セットは自分たちで建て、公演が終わると自分たちの手で解体、撤収すること。特に最後の点は、維新派のYouTubeチャンネルで公開されている映像でも度々強調され、劇団HPの「維新派とは」という項目でも「更地から更地へ」という一章が用意されている。公演が終わるとそこにあったものは跡形もなく消え、観た人の記憶の中にしか残らないのが演劇だが、維新派は場所からそれを実践する徹底した“ゼロからゼロへ”主義だったのだ。

そうした、言ってみれば物理的なゼロと並行して、相反する美的要素を組み合わせて表層のゼロを目指し、そのひとつの完成形となったのが2015年に上演された『トワイライト』だったのではないか。“表層のゼロ化”とは、白塗りや衣裳や大阪弁から醸し出されるある種のノイズ──もう少し詳しく言うと、アングラ感や猥雑さや親近感──を整理し、洗練へと昇華させること。

■俯瞰を助ける音楽

奈良県の東北端にある宇陀郡曽爾村(うだぐんそにむら)の、四方を山に囲まれた広大な運動場を上演場所に選んだ『トワイライト』は、自由に使える面積に反して、照明を取り付ける塔が目立つくらいで建て込まれたセットはほとんどない。そこからわかるのは、周囲の自然を最大限に活かそうという意図で、せりふも「山から山」「西、屏風岩(びょうぶいわ)」「東、倶留尊山(くろそやま)」と、特に冒頭は曽爾村の地理的な紹介に割かれ、俳優の言葉と動きによって演劇を土地に定着させることに力が注がれる。さらに映像が教えてくれるのは、開演時間が日没を逆算した時刻で、空の青に薄墨がかかって行き、山の緑が黒いシルエットへと移り始めるわずか前に設定されていたことだ。自然が提供する光と闇のグラデーションの、なんと雄弁で協力的なことか。タイトルはその始まりを指している。

だが、構成・演出を手掛けた松本の自然との向き合い方が、この作品では融和、融合かと言うとそうではなく、むしろ逆だ。使われたのは直線。自然界には存在しない直線をさまざまに加えることで、自然と演劇のコントラストを生み出した。小道具の椅子が風景の中につくり出すいくつもの正方形、少人数であれ大勢であれ、俳優たちの動きが描き出すフォーメーションの正確無比な直線たち。その整然とした規則性は、照明に浮かぶ白塗り、手作りの小道具という維新派ならではの特徴をそのままに活かしながら、なだらかな山々の稜線と対になり、天然と人工を結ぶ新たなパースペクティブを風景の中に生んだ。演劇という人工物を幽玄な自然の中に置く、その置き方を変えることで、天秤が完全に平行になるように、あるいは、正の数と負の数が両側から近付いてゼロになるように、完全なバランスをつくったのがこの作品だ。それはモダニズムであり、幻視を承知で付け加えるなら、維新派が曽爾村に出現させた縦・横・奥行きは、1300年前の平城京の碁盤状の町とつながる遥かな直線だった。

そして忘れてはならないのは、この作品の圧倒的な洗練を見えない形で押し上げていた内橋和久の音楽である。私はヘッドホンで鑑賞したのだが、左右のバランスを絶妙に整えた、美しい人工音があったから、この作品を俯瞰で観ること、ひいては維新派の圧倒的な大きさに気付くことが出来た。音楽が、右耳と左耳のちょうど真ん中を結んだ場所に、全体を見渡す視座を開いてくれたのだ。現地にいたなら聞けたであろう風の音や虫の声とは比較できないが、映像化に当たって音質を極めて編集された音楽は、間違いなくもうひとつの耳福だった。

視聴環境:ノートパソコン&ノイズキャンセリングヘッドホン



撮影:INOUE Yoshikazu

維新派
『トワイライト』
構成・演出:松本雄吉
音楽・演奏:内橋和久
記録映像撮影・編集:立川晋輔
2015年
奈良県曽爾村健民運動場

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とくなが・きょうこ/演劇ジャーナリスト。朝日新聞首都圏版に月1本のペースで劇評を執筆。演劇専門誌「act guide」で「俳優の中」を連載中。東京芸術劇場企画運営委員として2009年より才能ある若手劇団を紹介する「芸劇eyes」シリーズをスタート。「芸劇eyes」を発展させた「eyes plus」、さらに若い世代をショーケース形式で紹介する「芸劇eyes番外編」などを立案し、劇団のセレクト、ブッキングに携わる企画コーディネーターを務める。せんがわ劇場演劇コンクールアドバイザー。読売演劇大賞選考委員。ローソンチケット演劇サイト『演劇最強論-ing』企画・監修・執筆。著書に『演劇最強論』(藤原ちからと共著)、『我らに光を──さいたまゴールド・シアター 蜷川幸雄と高齢者俳優41人の挑戦』、『「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢』。



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