【連載】ひとつだけ 藤原ちから編(2018/01)― 青年団リンク ホエイ『郷愁の丘ロマントピア』
ひとつだけ
2018.01.14
あまたある作品の中から「この1ヶ月に観るべき・観たい作品を“ひとつだけ”選ぶなら」
…徳永京子と藤原ちからは何を選ぶ?
2018年1月 藤原ちからの“ひとつだけ” 青年団リンク ホエイ『郷愁の丘ロマントピア』
2018/1/11[木]~1/21[日] 東京・こまばアゴラ劇場
〈野心〉について考えている。
劇作家・演出家の岡田利規が、自身の代表作であるチェルフィッチュ『三月の5日間』を新たにリクリエーションするにあたって若い俳優たちを選んだ。そのオーディションで彼は「野心があるか、あるとしたらどういう野心かというのを」訊いたと、 インタビューで答えている。
〈野心〉とは何だろうか? ひと昔前であればそれは、テレビに出たいとか、大きな劇場の舞台に立ちたいとか、有名になりたい、お金持ちになりたい、モテたい……そういった類の欲望として想像されたものだと思う。今もそうした欲望が滅びたわけではないが、おそらくそれらとは異なる種類の〈野心〉を持つ人たちが現れつつある。この新しい〈野心〉の正体が何なのか、わたしはまだ完全には言葉にできないし、したくもない。単に「海外で活動したい」という話に収められるものでもないだろう。
ホエイはプロデューサー・俳優の河村竜也と、劇作家・演出家・俳優の山田百次によるユニットである。河村竜也は平田オリザ率いる青年団での俳優としての実績のほか、日仏国際共同プロジェクト『MONTAGNE/山』への参加などでも知られている。また山田百次はみずからが主宰する劇団野の上で津軽弁を操る演劇をつくってきたほか、他劇団への客演でも存在感を発揮している。ふたりとも順調に演劇人としてのキャリアを重ねていると言えるだろう。でも同時に、そういった順調さ、いや順当さの枠をはみ出しつつあるようにも見える。彼らの〈野心〉がそうさせているのではないだろうか。
今作『郷愁の丘ロマントピア』は、「北海道3部作」と銘打たれた作品群の3作目である。1作目の『珈琲法要』は、19世紀初頭、蝦夷地北方警備に派兵された津軽藩の兵士たちの直面した悲惨な状況を描き、ホエイここにあり、と知らしめる作品となった。『麦とクシャミ』は第二次世界大戦末期が舞台で、洞爺湖に近い昭和新山の噴火を題材に、戦争や天変地異に巻き込まれる市井の人々の姿を描いた。いずれも北海道における、いや日本における、隠蔽され、忘れ去られた歴史を扱うもので、わたしはその表現方法と内容にとても惹かれた。
表現方法としては、ホエイはそれほど目新しい斬新さを追求しているわけではない。いわゆる物語もちゃんとあるタイプの演劇だ。が、やはり山田百次が得意としてきた方言はこのホエイにおいても存分に発揮されていて、馴染みのない言葉を観客に聞かせる技術にも長けている。わたしは北のほうの言葉に疎いので、彼らの駆使する方言がどこまでリアルなのかを判別するのは難しいのだが、もちろんただリアルであればいいという話でもない。俳優たちの喋るその言語が、標準語の世界から無視されてきた強烈なリアリティを宿していることが大事なのだと思う。
いっぽう内容としては、その歴史へのアプローチの仕方もまた興味深い。もちろん史実を題材にする演劇自体は珍しくもなんともない。地方都市の歴史を掘り下げることで、その地域の眠れる魅力を世に知らしめたいという動機もよくあることだ。地方自治体からの依頼では、まさにそうした地域の魅力再発見を求められもする。それ自体は必ずしも悪いことではないが、作り手がそこに甘んじてしまった場合、〈野心〉としては一定の範囲内に小さく収まってしまうことになるだろう。しかしホエイがやっているのはそういうことではない。日本の北の果ての忘れ去られた小さな物語に着目することで、彼らは「日本とは何か?」「国家とは何か?」「近代とは何か?」といった問いを観客に投げかけている。それは日本人の頭の中に定着している日本地図を描き変える試みだ。
今回の『郷愁の丘ロマントピア』は、夕張を舞台にしている。2007年に事実上の財政破綻に陥ったのは記憶に新しい。しかしわたしは本当に恥ずかしながら、その夕張市における多くの集落がすでにダムの底に沈んだという事実を知らなかった。あるいはニュースで見たのかもしれないが、自分に関係のない遠い世界のできごととして忘れ去ってしまっていた。
わたしは今、香港にいて、このあともしばらく南シナ海周辺をうろうろするので、残念ながらこの『郷愁の丘ロマントピア』を観ることができない。だがせめて遠い北海道の小さな町に思いを馳せることはしたいと思っている。まだなんとなくの実感でしかないのだが、わたしが今異国にいるということと、ホエイが夕張を題材に演劇をつくっていることとのあいだに、何かしらの繋がりがあるように感じられるからだ。ホエイはローカルな歴史に深くフォーカスしていくことによって、世界に通じる穴を掘っているのではないかとも思う。彼らの〈野心〉は、「日本」という想像の共同体を越えていく。
Photo: 田中流
≫ 『郷愁の丘ロマントピア』 公演情報は コチラ