【配信作品レビュー】特定非営利活動法人魁文舎 太田省吾原作 キム・アラ演出『砂の駅』
名作舞台、映像になって再び劇場へ。
2024.02.19
2023年度にEPADが収集した舞台作品のうち、121本が配信可能になる。語り継がれる名作舞台から、最新の若手の意欲作まで、多様な舞台が映像で見られるようになる。そのリストから1本を選んでもらい、レビューを書いてもらう「配信作品レビュー」。本稿のレビュアーは、俳優の八木光太郎さんです。
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言葉がない故にかき立てられる妄想、心底心躍る観劇体験──特定非営利活動法人魁文舎 太田省吾原作 キム・アラ演出『砂の駅』
Text:八木光太郎(俳優)
■静かで張り詰めた空気、咳払いが残酷に響く…
『砂の駅』の一場面
一言で表すとシビれました。ビバ、沈黙劇! めちゃくちゃ面白い。素ん晴らしかったです。画の見せ方、人間の配置、シーン間の繋ぎ方、シンプルな構成で至極静謐な照明、2曲だけの伴奏音楽、そしてバッキバキの俳優力、いやはやかっこよかった……。
原作:太田省吾/演出・構成:キム・アラ『砂の駅』は、2011年10月7日〜11月6日まで、韓国と日本の4都市で上演された、日韓共同制作公演の沈黙劇です。
いきなりですが、ここだけの話、今回の『砂の駅』も含めた「駅シリーズ」の第一作の『水の駅』を、20代前半で初めてビデオで観た時は、始まって5分くらいで(俳優さん、なんかずっとゆっくり動くんだけど……まさかこのまま1時間以上……?!)と軽く絶望を覚え、何かに急かされるようにリモコンの早送りのボタンを押していました。しかし今では、この沈黙劇・太田作品というものが、どれほど演劇的豊かさや俳優の先にある“人間”を見せてくれるものなのかを身をもって感じています。
沈黙劇は、劇作家で演出家の太田省吾さんと、太田さんが率いた劇団「転形劇場」が生み出した劇のスタイルで、『水の駅』は1981年に初演されました。のちに「駅シリーズ」が生まれ、『砂の駅』は転形劇場解散後の1992年に、ドイツのベルリンで初演されました。
転形劇場出身の俳優・安藤朋子さんのワークショップを受けた際、5メートルくらいの直線を7分かけて歩くというワークを体験したのですが、これがまあ素晴らしい時間でして! 自分がやっている時ももちろんいろいろ思考しているんですが、人がやっているのを見る側になった時の充足感たるや、“えげつない”ものでした。「5メートルを7分で」という異様なまでにゆっくりとした、拡張された静かな時間の中で、目の前を歩く人間の頭の先からつま先までを見つめていると、その人の身体の癖、漏れ出る個性その他もろもろ、こちらの勝手な妄想を含めバチバチに受け取るものが多く、胸が躍るを通り越して胸がウィンドミルしていました。この時、俳優にとって大事なものは台詞のもっと手前の、自分の中に内包している時間や衝動だということを学びました。知らない人がいたら切に知ってほしいー!!
それでは、『砂の駅』のレビューです。
舞台にはどかんと大きな円形の砂の舞台が鎮座しているのですが、14人の出演者全員が集合してもまだ余裕があるくらいなので、相当な大きさだということが分かります。開演すると、以後、劇の要所要所で使われるピアノ曲が流れる中、1人また1人と、ゆっくりとした歩調で出演者が砂場に集まってきます。まさに土俵入り。この時点で映像で観てもわかるほど集中の度合いが高まっていて、これは観客も絶対に半強制的に緊張してしまう流れで、張り詰めた場内に観客の咳払いだけが残酷に響いていました。(こういう舞台を観に行った時に限って、今あなた誤って大量のきな粉吸いました?ってくらい咳してる人や、今あなた手元だけで舞踏やってます?ってくらいゆっくり飴の袋を開ける人が客席に多い気がするのはなぜ? おしえておじいさん。おしえてアルムのもみの木よ。)
客席から見て、舞台右奥にはテーブル1台と椅子2脚のセット。舞台奥真ん中には10数段の階段があり、階段を登った先には横に伸びている通路。砂舞台をメインステージとすると、この通路と砂舞台の外周がサブステージという感じ。メインで演技が進行している最中も、サブでほかの俳優が漂い歩いたり、座って遠くからメインを見ていたりなど、サブでも演技が行われているんですが、このサブの演技・配置がむちゃくちゃ効いていました。サブで演技をする大杉漣さんが死神にしか見えず、観ているこちらの妄想が膨らむこと請け合いでした。
■「やばい! 砂場がお墓になった!」
『砂の駅』の一場面
一貫して台詞なしの沈黙の中、演技が進行していくわけですが、それでも恐ろしく雄弁で、恐ろしく物語が渦を巻いているんです。台詞のやり取りがあれば、話の上ではそれが一つの答え・正解になるわけですが、なんせ言葉がない分、観ているこちらは(この二人の関係は夫婦か? 兄妹(きょうだい)かな?)(今これ、品川徹さんの夢の中じゃない?)など、ひたすら妄想をし続けます。観客に提示される大いなる妄想の時間。こんなに豊かな観劇体験は滅多にありません。
2011年10月に上演されていますから、東北の震災を想起した方も、もちろんいたでしょう。最初はただの巨大な砂場だった場所は、僕の妄想の中では、レストランになったり、荒れ果てた荒野になったり、夢の中の風景になったり、どんどん変化していきます。大杉さんがメインステージに登場した時は、興奮して思わずモニターに向かって「よっ! 大杉漣!!」と声を掛けてしまいました。
大杉さんの相手役の女性が、持っていた旅行カバンを地面に置いて、それを開いておもむろに体を丸めてその中に入ったので、(往年のエスパー伊東みたいだな)と独(ひと)り笑っていたんですが、大杉さんが、スーツの内ポケットから小さな花束を出して砂舞台に刺した瞬間、(やばい! 砂場がお墓になった! ……ってことは、女性版エスパー伊東の旅行カバンは棺桶じゃん!!)と、コナン君や美味しんぼのモブよろしく、自分のこめかみ周辺を一本の光の筋が貫き、号泣してしまいました。アハ体験にすら似た感覚! 誰にも邪魔されない、邪魔できない、あたしだけの妄想夢芝居!!
終盤、出演者全員が黒装束に着替えて階段上から登場し、再び砂舞台を漂います。その様はさながら無数の霊魂のように見え、「美しい……」と独り、言葉に出してしまっていました。最後に客席を振り向いてにっこり笑うペク・ソンヒさんから、「以上こんな人生でした!」という役人物としての締めくくりの思いと、「うちらこんなこと4都市もやってきたの。笑ってちょうだい!」という、おそらくペクさんにはまったくそんなつもりはない、“砂の駅出演者代表声明文”的な念を、僕は勝手に受け取りました。
開演前はただの大きな砂場だった舞台は、14人の物語を経て、さまざまな人生のるつぼに変わっていました。これこそ舞台芸術にしかできない行い! 最高の時間でした。
映像で舞台作品を観るのは正直なところ得意ではなかったのですが、今回僕自身、EPADのおかげで『砂の駅』という貴重な作品に出会え、心底心躍らされてしまいましたし、出演者の方々の微細な表情の演技・目線・おそらく客席からではここまではっきりと確認することは難しかったであろう小道具などをはっきり見ることができました。作品によっては6ヶ国語も字幕をつけた作品もあるそうで、ただひたすらに敬服し、頭(こうべ)を垂れてEPADを推(お)します。ありがとうございました。
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八木光太郎(やぎ・こうたろう)/俳優。1986年静岡県生まれ。演出家・危口統之、ダンサー・伊藤キムに師事。「東京演劇道場」一期生。現代演劇を牽引する作家の作品に多数出演。映画やドラマにも活躍の幅を広げる。近年の主な出演作に 【舞台】『弱法師』(SPAC)、『ツダマンの世界』(作・演出:松尾スズキ)、『再生』(ハイバイ) 【映画】『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』 【ドラマ】テレビ朝日『王様戦隊キングオージャー』、テレビ東京『日常の絶景』などがある。
視聴環境:デバイスの画面をミラーリングしてテレビで視聴
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太田省吾原作 キム・アラ演出『砂の駅』
◆上演データ
原作:太田省吾
演出・構成:キム・アラ
出演:大杉漣、鈴木理江子、上杉満代、品川徹、ペク・ソンヒ、クォン・ソンドク、ナム・ミョンニョル、クァク・スジョン、ソン・ギョンスク、キム・ジソン、オ・ソンテク、イム・ヒョンソプ、ション・ハヌイ
2011年
世田谷パブリックシアター(東京)
◆作品を視聴するには
魁文舎 公式チャンネル
製作ノート 本作品をプロデュースしたのは、ダンス・演劇・パフォーマンスの企画制作を手掛けるNPO法人魁文舎。本稿で取り上げた『砂の駅』は、世田谷パブリックシアター(東京)のほか、韓国の国立KBハヌル劇場(ソウル)、プサンLIGアートホール(釜山)、国立ペク・ソンヒ/チャン・ミノ劇場(ソウル)でも上演されました。