【対談】もう、舞台のクリエイションと映像化は切り離せない
作品を未来へ。劇場を部屋へ。
2023.01.31
コロナ禍によって、舞台芸術の映像配信はぐっと身近なものになった。けれども多くの団体にとっては舞台作品を映像化すること、記録映像を活用することがいまだ未知の領域であったり、手が回りきらなかったりすることも多い。EPAD(緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業)と協働で2021年度に記録映像アーカイブと配信を行った贅沢貧乏の堀朝美氏、2022年度に『cocoon』の映像収録を行い、これから配信を控えるマームとジプシーの林香菜氏を迎え、舞台のクリエイションと映像化について語ってもらった。
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林香菜氏(合同会社マームとジプシー代表)
堀朝美氏(贅沢貧乏プロデューサー)
進行:徳永京子
テキスト:釣木文恵
撮影:前田立
映像配信は“未来を想像する”提案ができる手段
コロナ禍で可視化された「劇場では出会えない人」
――贅沢貧乏はEPADでの舞台映像の配信で早くも成果を上げ、マームとジプシーは配信を前提にした8Kでの撮影とDolby Atmos (R) での音響設計で、昨年秋、『cocoon』の再々演を収録しました。まずはそれぞれ、いつ頃、どういう経緯でEPADを知り、どうして関わろうと思ったかというところから教えてください。
林:実は、本当に少しですがEPADの立ち上げの際に広報のお手伝いを個人的にしていたということがあり、そういう意味では最初の頃から事業内容を知っていました。でも、EPADのパートナーとしてマームとジプシーという団体にお声がけいただいたのは2022年度のことです。藤田(貴大 マームとジプシー脚本、演出)が、上演作品が映像化することを前提につくっていないものを配信したり、DVDにして販売したりすることに対してとても慎重で、やると決断するまでに何度も話し合ってきました。もともとは藤田だけでなく、私もそうですが、マームとジプシーの作品に集まるスタッフや俳優は、観客とつくり手が同じ時間を共有することで作品が完成する「舞台表現」に強い思い入れがある人が多かったので、コロナ禍を経験する前までは映像化に消極的というよりも、あまり必要性を感じていませんでした。今まで残してきた上映作品の映像は単純な「記録物」として残してきたので、特に外に露出するつもりもありませんでした。ただ、私個人としてはコロナ禍を経験してから映像化をしたいと思うようになりましたね。というのは、コロナ前からマームとジプシーの活動を注目して下さっている方は全国各地にいらっしゃることや会場に足を運びたくても様々な理由で難しい方がいらっしゃることはもちろんわかっていました。そして、我々がワークショップや公演などで東京以外の場所で出会った人たちに再会するためには自分たちがまたその場所で活動をしない限り、その方々にマームとジプシーへの関わりを提供したことにはならないので、そのことに何となく申し訳なさのようなものを感じていました。そういう人たちとどうしたらまた繋がれるのかと考えたとき、単純ですがどこにいても同じように見ることができる可能性が高い映像化は有効だろうと思ったのです。私としては、マームとジプシーに関わりたいと思っても関わることができない人たちがいるということにコロナ禍を経て無視できなくなりました。劇場で公演をしているだけでは出会えない人たちや再会が出来ない人たちにどう手を伸ばすかを具体的に考えていきたいと思ったんです。でも、金銭面やスケジュールを考えると、自分たちではとても能動的に着手できる余裕がありませんでした。そんなときにEPADの事務局から声をかけていただいて、今やはりやるべきだと。
林香菜(はやし・かな)/合同会社マームとジプシー代表/舞台制作者。2007年、マームとジプシー旗揚げに参加。以降、マームとジプシー作品および脚本家、演出家の藤田貴大が携わる作品の制作を担当。EPAD2022パートナーとしてマームとジプシー作品の収録および配信を行う。
――能動的に着手できる余裕というのは、配信に適した機材や予算、法律上必要な手続きなどを調べる時間や手間、といったことでしょうか。
林:はい。自分でゼロからやることは想像できませんでした。
――そういうときにEPADから「こういう将来のビジョンがあり、こういうサポートができますが、アーカイブと配信を考えませんか?」という提示があって、欠けていると感じていた部分が埋まった?
林:まさにそうです。まずEPAD事務局は、我々が感じている「舞台表現」に対しての思い入れをもちろん理解した上で、記録として眠っている過去作品の映像や新たに製作した映像はカンパニーに利益をもたらすことがあり得るということ、それを公開することは演劇界の未来に向けてとても重要な財産になること、映像化がスタンダードになってきている状況の中で、作品を創作する最初から映像化を実施するかどうかをまずは選択し、実施する場合はそれを踏まえたうえで作品をつくる必要がある時代になったことを気づかせてくれました。
『Light house』と『cocoon』の2作品は配信とDVD/Blu-ray化をするのですが、スタッフもキャストもライブである表現に強いアイデンティティを持っているメンバーが多かったので、なぜ映像化するのかを理解してもらえるよう説明しました。彼らにはもちろん今まで通り、演劇作品は「ライブ表現」であることをお伝えした上で、率直に、「(コロナ禍で)チケット収入が不安定な状況になってしまった」と説明し、「有料配信とDVD/Blu-ray化をさせて欲しい」と伝えました。
また、今回の『cocoon』ではEPADと共に8Kカメラと立体音響の技術であるDolby Atmos (R) で収録しました。このことについては、私がその条件で収録した映像にとても感動したことがあり、ぜひ『cocoon』をこれで残させて欲しいとメンバーには伝えました。私が観た8K+Dolby Atmos (R) は、EPADが2022年1月に行った上映会だったんですが、それにとてもびっくりしたので。
マームとジプシー『cocoon』 撮影:岡本尚文
多言語字幕によって開かれた海外の扉
――贅沢貧乏とEPADとの関わりを教えてください。
堀:私もEPADのことは発足当時から知っていました。と言っても最初は「なにかすごいものが動き出したな」と遠くから見ている感覚でしたが、事務局から「過去の作品を配信してみませんか」とご連絡をいただいて詳しくお話を聞いたところ、演劇のことをよく知っている人たちが、演劇のために動いている団体だとわかって一気に親近感が湧きました。それが2021年の夏頃です。贅沢貧乏は2020年初頭、「今年はお客さんともっと繋がりたい、関わりたい、会話したい」というテーマを掲げていたんです。数ヵ月に1回のペースでトークイベントや上映会を開催して、とにかく集まる場をつくろうという計画を立てていました。それがコロナ禍で、全くできなくなってしまった。新作の予定も中止になってしまい、「つながりたい」という思いだけが宙ぶらりんになってしまったんです。「集まるな、声を出すな」という、演劇にとっては最悪の状況が続き絶望を感じて過ごす中でEPAD事務局から声をかけていただいて「ぜひやりたいです」とお返事しました。
堀朝美(ほり・あさみ)/1991年神奈川県生まれ。2015年よりフリーランスの舞台制作者として活動。山田由梨(贅沢貧乏主宰)のアーティストマネジメントならびに贅沢貧乏のプロデュース、木ノ下歌舞伎や山海塾などの公演制作に携わる。STAGE BEYOND BORDERS(*1)にて『わかろうとはおもっているけど』を無料配信中。
――それまで、舞台の映像化に対してどのような感覚を持っていたのでしょうか。
堀:私が制作として参加する前から映像を残す習慣がすでに劇団内にありました。というのも、主宰の山田(由梨)や初期メンバーが立教大学の映像身体学科出身で、映画サークルにも入っていたので、最初から映像化には抵抗がなくむしろ記録として残さないと、と思っていたそうです。大学で機材が無料で借りられたこともあって、在学中の旗揚げ公演からプロジェクションマッピングを使ったり、複数カメラで撮影したわりときれいな記録映像が残っていたり、DVDにして販売したりもしていました。編集には山田が立ち会い、自ら編集することもあります。今回お声がけいただいた際に、「EPADが国際交流基金と協働して、多言語字幕付き配信を行うSTAGE BEYOND BORDERSという企画がある」というお話があり、最も海外に届けたいと思っていた『わかろうとはおもっているけど』という作品を配信することに決めました。この作品は、美術を担当してくれた方がふだん映像のディレクションもしている方だったので、記録撮影も一緒にお願いしていて。音の環境は十分でなかったものの、きれいな映像を残せていたのですが活用できていなかったので、まさに渡りに船でした。
贅沢貧乏『わかろうとはおもっているけど』 ©️Pierre Grosbois
堀:配信が始まって間もなく、SNSに感想を書いてくれる方がいたんです。そういうこと自体、2019年の公演から2年ぶりくらいの経験で、メンバーみんなで感動しました。ほかにも、神戸学院大学の教授がEPAD経由で「ジェンダーの講義でこの作品を上映したい」と連絡をくださって、大学での上映会と教授と山田のトークイベントが実現しました。しかもその教授は中国演劇が専門で、「この作品を上海の劇場プロデューサーに紹介したい」と言ってくださって。海外とつながる話が出たとき、以前なら日本語上演の記録映像と英語のあらすじ、もしあれば英訳台本くらいしか渡せるものがなかったのですが、EPADのおかげですでに中国語字幕の付いた映像があり、事務局にご相談したら字幕のテキストも資料としてご提供いただけて、営業資料として完璧なものをすぐに準備できました。
――配信によって、さまざまな広がりが生まれているんですね。
堀:昨年11月、フランスのフェスティバル・ドートンヌで『わかろうとはおもっているけど』を上演した際には、初日を観劇したとある高校の校長先生が「作品がすごくよかったから、授業に山田さんを呼びたい」と声をかけてくださって。「授業の予習のために映像を貸してもらえないか」と言われたときに「フランス語字幕付きの映像があります!」とすぐに提供することができました。生徒さんにも前もって映像で作品を観てもらうことができたので、演出や演技について具体的な質問がいくつも出て、とても充実した交流になりました。コロナ禍で閉ざされていた扉が、EPADでの配信を通してどんどん開いていく感覚があり、本当にありがたかったです。
これからの映像配信がもたらすもの
――経済的な話もお聞きしたいと思います。EPADからは、手続きのサポートだけでなく配信の対価がもたらされるというメリットがありますが、制作の方にとっては、その分配など新たな仕事も増えますよね。その点については?
林:EPADに限らず、新しいことにチャレンジして、ある種のクライアントが存在する以上、新しい仕事が発生するのは当たり前という感覚です。自分たちにとって本当に新しいことばかりなので、全体像を把握して今後に活かすためにも、自分が何をどこまで把握しなくてはいけないか、どれぐらいの時間がかかるかとか、どんな権利が存在して誰に連絡が必要なのかとか、藤田とどんな話をしていくかとか、体感をもって知るためには、必要なことだと思ってやっていますね。
堀:EPADから提示された配信契約料についてのガイドラインがとても具体的で、それを踏まえて配信するかしないかを決められたので安心でした。コロナ禍で作品が上演できず、お客さんとの関わりが絶たれている中で、配信という形で作品を届けることができ、さらに支援も受けられるなんて、こんないいこと尽くめでいいんだろうか…という気持ちでした。契約料もきちんといただけたので手続きに関わる制作人件費も賄えましたし、仕事が増えたというネガティブな感覚はなく、対価の発生するお仕事ができた、というポジティブな感覚でした。
――対価を分配するたに必要な権利処理の指導もあったそうですね。
堀:学生時代から映像化に積極的だったとはいえ、当時はやはり権利意識が甘かった部分もありました。今回、「ひとつの作品には、対価を分配すべき権利保有者がこれだけいる」ということもしっかり教えていただき、権利意識が向上しました。もちろん、上演当時も払えるものは払っていましたが、もっと支払いたかったという思いはあって。それを配信を通じて「二次使用料」という形でキャストやスタッフに分配できたことで、過去の自分のモヤモヤした気持ちが少し成仏できたかなと思います。贅沢貧乏はすでにある映像を活用する形でしたが、マームとジプシーさんはつくる段階から映像化を前提にして、演劇と映像の共存の未知の部分を探っておられるから、一歩先に行ってらっしゃる感じがしますね。
林:先ほども少し話しましたが、EPAD主催の上映会で、8Kカメラの映像とDolby Atmos (R) の音響でミュージカルの『テニスの王子様』を切り出した15分ぐらいの映像を観て本当にびっくりしたんです。270インチのスクリーンにすごくきれいな映像が映し出され、かつ音にも臨場感があって、劇場のいちばんいい座席で舞台を観ている感覚になったんです。この技術があれば上演時間をここまで再現できることにとても驚きました。すごく未来な感じがしました。『cocoon』は2013年から10年という時間、作品に向き合い続けてきたのですが、そのことも含めてとても重要な作品だと思います。それを、上演に近い形で残せる技術があるのに、残さないという選択をしたら、先々後悔するだろうなと思ったんです。EPAD事務局から声をかけてもらって、サポートを得てこの作品を8KとDolby Atmos (R) で残せることになったのは本当にうれしかった。これから、この素材をどう展開させ、利用していけば良いか、舞台映像を上映することとは何なのかきちんと考えていきたいと思っています。
――映像化、配信への内部の温度差はあれど、どちらも踏み切ったきっかけはコロナ禍が大きかった。では、この状況が過ぎてもEPADのシステムがある限り一緒にやっていきたいと考えますか?
林:私たちの場合は配信がこれからなので、最終的なことはやってみてから判断したいです。私と藤田では考えは違うので、一個人の考えだと聞いていただきたいですが、私としてはEPAD事務局が「舞台表現は消えてなくなってしまうものであり、その美しさはどんなものも代用できるはずはなく、その時間をつくっている皆さんへのリスペクトは当然あります」「出来上がった作品がただ消えてそれぞれの記憶の中にあり続けるだけではなく、つくり手の文化資産のようになって、活用していく道のりを、新しい価値観としてつくっていけるのではないか」と言っていらしたんですよ。それに納得したのはすごく大きかった。消えてなくなるものの美しさを尊重しつつ、それが自分たちの財産になって、うまく活用できて、つくっている人たちに利益が還元されていくシステムを新しくつくる取り組みは実践してもいいのではないかと思いました。そしてこれから先「コロナ禍だから」という消極的な理由でなく、創作の一貫として「やるか、やらないか」を純粋に選択できるようになったらより幸せなことですよね。それと、映像化がきっかけになって首都圏以外に住んでいる人が映像でマームとジプシーを観て、「いつか自分の家の近くで公演があったら観に行ってみよう」とか、東京以外に住んでいる中高生が「大学生になって東京に出たら、必ずマームとジプシーの演劇を見にいこう」とか、思ってくださるのは、ご自分の少し先の未来を想像することじゃないですか。映像配信ってもしかしたら、それぞれの“未来を想像する”ことを提案できる手段なんじゃないかなと、今回思いました。未来を想像するというのはつまり、その人の未来にも私たちがいるということ。それはとても嬉しくて光栄だし、本当に新しい出会い方だなと感じます。
堀:コロナの自粛期間中、海外の劇場がこぞって映像配信をしましたよね。ものすごい数の配信がさらりと始まった印象がありました。でも日本では、公演映像をすぐ配信できる状態で持っていない劇場のほうが多かったのではと思います。それをEPADがものすごい勢いでアップデートしてくださっていて、私たちはその波に乗らせていただいたと感じています。具体的に何をどうすべきかわかるシステムを作ってくださり、知識が足りなかったところをフォローしてもらい、こだわりたくてもこだわれていなかったところに力が注げるようになりました。次に公演をするとき、映像の撮り方はもちろん、活用の仕方を具体的にイメージしながら映像化に取り組めると思います。もちろん実際に足を運んでいただくことを一番大切にしたいですが、映像を通じて東京以外に住んでいる人たち、海外の人たちにも観てもらえる状況をつくることができる。自分たちの作品がどんどん広がっていくイメージがあって、すごく楽しみだなといまは思っています。
*1 STAGE BEYOND BORDERS
国際交流基金とEPADが協働で2021年に実施したプロジェクト。EPADが50作品に7ヵ国語(英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、繁体中国語、簡体中国語、日本語)の字幕を付け配信を行った。
『演劇最強論-ing』内特集→ https://www.engekisaikyoron.net/eizodebutai/
[インフォメーション]
マームとジプシーは『Light house』および『cocoon』のDVD/Blu-ray製作に関してクラウドファンディングを行っています。EPADと協働の有料配信は定点カメラによる撮影で、DVD/Blu-rayは編集を施しており、違う映像作品として楽しむことができます。
・マームとジプシーDVD/Blu-ray製作プロジェクト